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「ジョジョの奇妙な冒険5部から改めて読み取る、ニーチェの超人論との接点について」 


ジョジョ5部アニメ最終回からしばらく経ちましたが、
未だその余韻をのこし、
事あるごとに5部について考えを巡らせているとーしろさんです。

そんな今回は、
以前から自分のひいきのロックバンドであるUVERworldの名が示す、
ドイツ語の『ウーバー』『超える』の意味と、

そして、ドイツの哲学者、思想家でもある
フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ
の思想である
『超人』『ウーヴァーメンシュ』
これについて
以前触れたていたのを
この度改めて触れて考えたことを交えて、
ジョジョと、5部について考察したことを書いて行こうと思います。

(このUVERworldの命名の由来も、
ドイツ語の『超える』の意味である『ウーバー』であり、
ヴォーカルのTAKUYA∞はニーチェの独創性に憧れている、と
『GOLD』という曲でも歌っています)

では、参りましょう。
語ると決めたのなら、その時すでに行動は終わっているんだッ!


運命の奴隷≒未人、そして立ち向かう者≒超人



そもそも、今回思ったのは、以前のつぶやきでの
最終回後のジョジョ5部感想、考察での一文。


『#jojo_anime
運命からは逃れられなくとも、
そのまま眠って何もせず奴隷(1部序文でいうと囚人)
でいるかどうかでその人と周囲の誰かの希望へと変わっていく。
ジョジョはあがっていく物語だから勝利を描いたが、
大切なのは結果だけではなく真実へ向かおうとする意志。
それがやがて希望へと変わりうる。』

ここからニーチェの超人と絡めて広げたのが、以下の考え。
こちらも自分のTwitterのつぶやきです。

(前述は)
『改めて触れたニーチェの超人、ウーヴァーマンの
思想、スタンスを感じる。
結果の是非ででやるかどうか、
ではなく結果によらず大切な目的等(個人の真実)をやろうとする、
向かう行動が重要で、
そこに伴う意志と情熱が生に充実を備わせるし、
結果に依らずその充実に生の幸福がある。#jojo_anime』


ニーチェはその著『ツァラトゥストラはかく語りき』
で『超人』『ウーバーメンシュ』について語っていますが、
ニーチェの超人論とはなんぞや?
という方のために、
適度にわかりやすく書かれたサイトを見掛けたので、
それを紹介しておきます。

BeneDict地球歴史館
ニーチェと超人思想~超人と末人~

http://benedict.co.jp/smalltalk/talk-251/

このサイトの要約をかいつまんで
『超人』と『未人』について説明すると、

『超人』『ウーバーメンシュ』とは、

社会的な強者に対しての負けを宗教や道徳によってやわらげ、
弱者≒善、という道徳によって自分の立場をごまかし、
その弱者に甘んじる『奴隷道徳』ではなく、

人間として健全な欲求に従って行動する意志を持ち続ける、
『力への意志』を持ち行動する、
そんな人間をニーチェは『超人(ウーバーメンシュ)』と呼んだ。

これは、たぐいまれな力や才能を持ち、
困難な目標を達成できる秀でた人間を超人と呼び推奨するのではなく、
資質がイマイチで成功が困難であっても、
自分の欲望、欲求から目を反らさず、挑戦する人間を言うそうである。
これは、結果ではなく、
目標に向かう『意志』こそが大切であり、
それによる生の過程の充実こそが人に幸福をもたらす、
といえる思想である、と思います。

それに対しての
末人、とは。
何の目的もなく、人生を放浪し、生をむさぼるだけの人間。
つまり、生きる屍のような人間たちのことで、
ニーチェは、このような末人が「神が死んだ」終末に出現し、
ノミのように地球にはびこると予言した。


以上の『超人』と『未人』を踏まえて考えると、

『ブチャは信じた組織の矛盾に未人になりかけるが
ジョルノの夢に正しいと信じること、
彼の真実に向かい行動したから結果に依らず幸福だった。
ジョジョの人間超えはニーチェの超人の要素も含み
5部は勝ち目のない大きなモノ≒組織、運命に抗い行動する
充実、幸福を護チの生き様で描いた。
#jojo_anime』

『ブチャを未人から生の充実と幸福という黄金に導いたジョルノは
生命の象徴である太陽でその体験の相互付与が見事、

SBRでの遺体への対処は、信仰を採りニーチェ的な奴隷精神での幸福ではなく、
生の充実に自らが立ち向かうことが重要、
という #ジョジョ の超人のながれで正統なラストと言えるのかも。』

という考え方に至ったわけでした。

1部のディオの(遣り方は悪だったが)上昇志向も、
5部のブチャラティの
正義と信じた組織に裏切られ続け、
目的もなくギャングとして生をさまよって次第心が死んでいく過程だったところに
ジョルノに出逢ってボス打倒を決意したのも、
未人になるかどうかのところに対して、
彼らは彼らなりの正しいと信じる目標、
『力への意志』を持ち行動したということ、といえる。

だからこそ、ディオは人間をやめて、(人間を超えて)行ったし、
5部ではブチャラティたち護衛チームは矢によって人間を先に進める、
(スタンドの成長によって、既存の人間を超える)
ことに至った。

ディオは黒の闇であり、悪役であるし、
ブチャとジョルノたちは正義側だったことで、
後者はあがる物語であることからも勝利に至ったたが、
ディオにせよジョルノたちにせよ、
目的の意志を持って行動する『超人』であることが肝心であり、
結果は良くても悪くても問題ではない、ということかもしれません。

実際、5部はエピローグで運命の石を司るスコリッピが語ったように、
ブチャラティたち何人かが命を落とす過酷な運命を辿りますが、

しかし、彼らはその行き場なく生きづらい生において、
ブチャが昇天の際にジョルノに語ったように、
悔いなく行動し逝けた……つまり、人生が充実していた。

これこそが、
未人のように生きた屍として他者を傷つけて無為に生きるのではなく、
超人として意志を持って行動した結果であり、

このことからもジョジョはニーチェ的に
人間はこうした『結果に依らず目的を持って行動する『超人』』たれ、
ということを描いていて、
その意味でも、
ディオや柱の男の究極生命体のように『人間を超える』
を描いていると思われます。
(ジョジョは悪役も人間の在り方として肯定的であるので、
悪役すらも前向きであがっていく目的を持っている。
ただし、その方法論が他者を傷つけることを厭わない悪である)

その肉体的な超越は悪側のアプローチであり、
ジョジョたち主人公側は
正義の心と、行動する意志、
つまり『精神の力での既存の人間を超える』ことを
超人として描いていると思われます。

どうも荒木先生は、
同年代の『キン肉マン』のゆでたまご先生を意識して
漫画に本腰を入れたという自らの言葉があるように、
キン肉マンといえば超人であり、
そこから荒木先生も超人の要素を作品に忍ばせた、とか、
そして80年代前後は
ニーチェの超人思想の密かなブームでもあったのか?とも考えられ、
それで荒木先生もニーチェの超人に感銘を受けて作品に含ませたのだろうか?
と考えさせられます。

ジョジョの人間超えにはこういう背景、
ニーチェの思想との接点があった……のかもしれませんね。

……以上が、
ニーチェの超人論に触れて考えた、
ジョジョと5部に関しての考察でした。

加えてもう少し、5部についての思いつきを書いておきます。
これ、原作リアタイ当時から疑問だったのですが、
ここ最近でようやく自分なりの答えを導けたように思います。


ジョルノ・ジョバァーナの髪型の意味っていったい?



#jojo_anime
#ジョジョ

ふと思ったのですが、ジョルノの髪型、
コロネコロネとネタにされていますが、
あれってもしかして、
三つの穴⇒三穴⇒酸欠⇒息苦しい⇒生き辛い境遇
という意匠だったのではないか、と。


5部は行き場のない社会のはぐれもの、ギャングの少年たちを描いています。
だから、その主役たるジョルノに
その生き辛さの象徴的意匠を施したデザインが、
あの3連コロネの髪型だったのでは?
と考えます。

……ま、荒木先生のデザインセンスであり、
ファンの自分の深読みという線も大いにありますけれどね。

しかしそれでも、
これを読むどこかの誰かに、
「ベネ」
と希望になれたら幸いです。

では今回はここらで~チャオ。



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テーマ: ジョジョの奇妙な冒険

ジャンル: アニメ・コミック

[edit]

「ジョジョの奇妙な冒険第5部『黄金の風』アニメ最終回を迎えてッ!自己つぶやき感想まとめェェェイッ!!②」 



そんなわけで、7月末に無事最終回を迎えた
ジョジョの奇妙な冒険5部『黄金の風』アニメ。

その自分のTwitterでのつぶやき感想のまとめ2回目です。
では、さくっと行きましょう。

感想を書くと思ったなら!その時すでに行動は終わっているんだッ!


2クール目のボスへの裏切り者になったところから。




#jojo_anime  サルディニアに向かえ視聴。
自動筆記ってホラーとして何か好み。
知らず気づいた奇妙な文字が、実は自分の字だったら……。
しかし、以前から思ってるのだがノトーリアスって
「乗っ取りやす(易い)」みたいに覚えていて、
ハイジャック的にはまってるとか一人で思ってますた。



#jojo キングクリムゾンVSメタリカ視聴。
やはり名勝負。互いの一手を逆手に取り合う実力伯仲。
リゾットもさるものながら、
窮地のなか周回する偵察機という限定条件、
地形条件を利用した一手が勝敗を分けたのがシビレる。
しかしジョジョは勝利を確信したらフラグなんや……
暗チ、合掌。よく戦った。



#jojo_anime コロッセオへ。
佳境だな。7月中だしラストまでCD中。
矢の来歴についてあるが、
3部みたいに幼年期から素質を示した天然モノのスタンド使いもいるわけで、
矢による外部刺激以外の発現原理も本当ならあってもいい訳で……
外部刺激と内的爆発と考えると、人間の眠れる才能なのか?と思う



#jojo_anime
ジョースター家とDIOに能力が発現したのが、
邸宅に飾られていた同じ古代の叡智で出来ている石仮面からウイルス
(に近似した何か。古い物だし)が徐々に空気感染し、
潜在的な能力が活性化、誘発されたとか(思いつき)
その後、病理が遺伝的に一族にのこり代々の能力の素質になったとか~。




#jojo_anime チョコラータ&セッコ戦。
ブチャのリミット。ジョルミス共闘。
行けジョルノ!走るんだ~の格好よさなど見所満載。
攻防を経て超ロング無駄無駄ラッシュ。
これ、初期ブチャ戦での『感覚が暴走して痛みがスローで来る』
があれだけの乱打で来たからショック逝き必至。GEの凶暴な能力真価。



#jojo_anime
しかしブチャがゾンビ状態でスタンドを使えてるのは
死しても動くノトーリアスが下敷きになっていて、
5部ナレフの今後を思うと死んでもスタンドの元になる精神、
ひいては人間の魂はのこり続ける、
という作品の重要なテーマの一つを表現してるんだな、
と荒木先生に敬意を表する!となる。



#jojo_anime セッコ戦。
セッコ「猿真似は自分の首を~」
当時のジョジョに対しての風当たり、
アレな反応というかに先生がどう考えていたかが窺える。
本誌セッコ戦中の話末のアオリに
(ブチャのセリフだったかも?)
「馬鹿の相手はする必要なし!」
というのさえあったのを思い出す。時代は変わった。



#jojo_anime ディアボロ、ポルと矢。
3部から続く矢とスタンドにまつわるポルナレフの闘い。
先生は当初ポルは考えていなかったが、
5部は承太郎⇒康一⇒ジョルノ⇒ボス⇒ポル
と結果リレーが見事に繋がったと言える。3部が活きて、受け継がれている。
ブチャとジョセフが同じ誕生日という妙でも。



#jojo_anime 鎮魂歌は静かに奏でられる①
ボス戦に際しての入れ替わりからのコメディ……
千本木さん、ここに来て凄い破壊力や……
ミスタ(中身)の男しゃべりがイイ味出してる!
鳥海さんのトリッシュ(中身)の女しゃべりも面白いw
このシーンは下着や指の毛、そして泣きつくトリッシュが最高で。


#jojo_anime 
登場当初はこの雰囲気でトリッシュ?と正直違和感あったが、
あの抑え目のしゃべりは訳も分からず命を狙われる女の子の不安の表れであって、
トリッシュの本来の、そしてフレキシブルな成長によるしゃべりは
もう千本木さんでオッケーですとなってる人も多いと思うし、
ここに来てミスタw



#jojo_anime 
原作画像の5部スタンドとキャラ解説で思うのが、
セックスピストルズは6つの性格の銃の存在で六性銃といえる
しびあこなネーミングだということで、
解釈を加えると六性銃は六星銃であり、
エピローグで6部へと『石』と共にリレー、
引き継ぎの役目を負う存在だとも深読みできて面白い。




ここで少し前の春クールで最終回だし6月頃だな、
と訂正したツイートがありましたが、
それに関して視聴を進めて行くと状況が変わり
こんなことも……。



#jojo_anime 
誤タイプで7月中と書いて、読み直して春クールなら6月中までか、と気付きツイしなおした過去のポスト。
奇妙なことに本当に7月中の最終話となるようで……引力を感じる。
(偶然の一致に6部への期待をほのめかすジョジョヲタ)





ジョジョの部に継がれる運命との戦い。




#jojo_anime 鎮魂歌②レクイエムの謎
原作では初見でよく分からなかったレクイエムの目的と矢奪取の答え。
これはもう、ディアボロの台詞に集約されている。
そして同時に、この5部でやるしかねえ、今!
だった肉体と精神の入れ換えは、
1部ラストのジョナサンとディオへの決着のひとつとも感じる。



#jojo_anime ここから思うに、
1部の人間超えの再決着というか、
人間を超える=運命を超える、
の再否定をディオの息子にやらせたという運命と物語の妙として、
5部矢は機能したのではないか、とアニメで改めて5部に触れて思う。



#jojo_anime
再否定というか、
吸血鬼や完全体などの肉体的な超越による運命を超える、
ではなく、
精神の力による乗り越え、
精神の成長(精神のカタチであるスタンドの力と、その力の進化成長)
による運命のに乗り越えを、
正義の心を持つディオの息子にやらせた、と。




#jojo_anime
リアタイ地域ではないがツイ観戦中。
ああ、GEレクイエムにみんなが震えてるな……
ここまで何年かかったことか……。
ついでにPS2の黄金の旋風の
GEレクイエムのムービーも音楽最高で鳥肌モンですので、
まだのみんなはようつべとかで見るんやで……。




#jojo_anime 
GERは過程を繰り返させそこに嵌める
無限地獄付与の能力とも言え、
何かボスの過程を飛ばし結果だけを導く力への対、
運命の帳尻合わせにも感じる。
人間、手抜きやズルしたツケが
人生のどこかで必ず巡ってくるバランス、返報性に似た。
命、時、運命を操る至高のスタンド黄金体験鎮魂歌。




矢は隕石から成る、天からの矢で人間が次の段階に進む。
ブチャラティが天に昇ることで手にした矢は、
地上の人間を『天の高みに近しい精神』
へ成長させるために天使がもたらした運命のひとつにも読める。
人間が恕助的成長と黄金の精神で運命を切り拓くサガ。
5部も最高のラストを。
#jojo_recommend



ここで、恕助的成長、という表現を使っています。
これは、自分なりに『ジョジョ』というワードの意味を解釈したモノです。

恕は怒ではなく、『恕』思いやるこころ、です。
相手の事情や背景を察する想像力的な思い遣りを、恕というそうです。

2部でジョセフが『仁』に目覚めますが、
論語の解釈によると『仁』とは、
『恕』と『忠』とでなりたち、
『恕』は相手の心情や状況を想像すること、
『忠』は人を助ける善意、良心に忠実であること。
恕で察した相手への知的な同情に忠実に助けること、
それが『仁』であるそうです。

つまり、恕助的な成長とは、
仁のこころを持った人間、
相手の背景や心情を察して助けたいと思うこころ、
そういう風な精神の人間になるということですね。
これは、ジョナサンのスピードワゴンへの紳士的な言動もそうですし、
5部ではナランチャがトリッシュの痛みを想像することで、
ボートを追いかけたのがそれなわけです。

まとめ感想①で、裏切りの船出のところで書いていた、
恕し自らの仁で、とはつまりはこういうことです。

そして、ジョジョはこうした精神と正義を
『黄金の精神』として描いていると思うので、
『ジョジョ』⇒『恕助』
と個人的に解釈しています。

そういう意味では、
ジョナサンは恕奈讃
ジョセフは助勢夫
という風にも考えられて面白いですね^^


#jojo_anime 
地域違いでネット配信組ですが、
最終回のリアタイツイを花火の打ち上がる音を聴きながら見てる……
原作ラストの99年から20年……感慨深い……
その間を共にあったジョジョと荒木先生に感謝を。
そしてまだまだがんばってこれからもジョジョにあげていこう。



#jojo_anime
5部アニメに感謝と敬意を表する!
ブチャラティたちの結末こそ石の示す運命の通りだったが、
しかしそれでもジョルノとブチャの見た夢は
ボスと組織という人々を呑み込んでいた大きな運命を変えた。
これこそが、
彼らが変えた運命であり勝利なんだ……
ありがとうディモールトな黄金体験を。



#jojo_anime
運命からは逃れられなくとも、
そのまま眠って何もせず奴隷(1部序文でいうと囚人)
でいるかどうかでその人と周囲の誰かの希望へと変わっていく。
ジョジョはあがっていく物語だから勝利を描いたが、
大切なのは結果だけではなく真実へ向かおうとする意志。
それがやがて希望へと変わりうる。




#jojo_recommend
もう少しだけ加えると、
大切なのは結果だけではなく真実へ向かおうとする意志。
運命に立ち向かっていく行動とその過程がなにより重要だということ。
それがやがて希望へと変わりうる。
黒の饗宴から始まったギャング道は希望の花を咲かせるに至った。




#jojo_anime
最終回視聴。ああ、面白かった。
改めて大いなる感謝を。
コメディ要素でミスタとトリッシュのきゃっきゃがあるが、
思うにミスタは(亀のなかにバスルームがないなら)
この1週間シャワーも浴びずに強行軍だったせいでスメルが
……とも思える。
トリッシュは色んな意味でタフに成長した。



#jojo_anime 
そういう意味で六性銃⇒六星や石、
の他にタフな女性の成長も
5部ラストで6部へのバトンとして描かれていたと言えるかも。
6部、石造りの海からの自由に思いを馳せて、
グラッツェ!GIOGIO第5部『黄金の風』アニメ!



#jojo_anime
5部アニメも完走したのでここでようやく
「Fighting Gold」を購入して数日聴いてるが
……もうね、泣ける。
熱く血沸き泣けるアニソンや。震えるぞハート。
カップリングのCodaさんのEuglish ver.も善き。



無事全話視聴し、そして……。




そんな訳で、無事に最終回まで視聴完走することが出来た
ジョジョの奇妙な冒険第5部『黄金の風』アニメでした。

いや~、良かった。
4部よりも絵のクオリティも高かったし、
一番好きな部でもあったので、
これがようやく映像化されて感無量です。
アニメ製作陣、声優のみなさま、関係各所のみなさま、
そして、この作品を生み出してくださった
荒木飛呂彦先生さまに最大の感謝をッ!!

荒木先生とアニメを生み出し、
多くの人々を黄金体験させるという幸福に
運命を変えてくださったすべての人々に、
自分も敬意を表するッ!!

では最後に、



#jojo_anime
#jojo_recommend
グラッツェ!黄金の風は次へと受け継がれ、
そして石造りの海へ…To Be Continued。

illust 11-07のコピー




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[edit]

「ジョジョの奇妙な冒険第5部『黄金の風』アニメ自己つぶやき感想まとめ①」 


ジョジョの奇妙な冒険、第5部『黄金の風』

ジョジョは本誌で3部ラストから読み始めて、
このタイトルは原作リアルタイム当時から一番好きな部でした。

その5部のアニメ化ということで、
この度、シリーズを通しての感想をツイートして、
それを放送終了まで行ってまとめてブログ記事にしよう、
と放送開始前から考えておりました。

それを、今月7月末で最終回ということで、
そろそろさくっとまとめて行きたいと思います。
では、その前半戦。

覚悟はいいか?
俺はできてる。


放送開始第1話。黄金体験の始まり。



10月のポストから。

自分はアベマさんで視聴するつもりなのですが、ジョジョ5部初回リアタイの反応が見たくて夜更かし。
盛りあがっているようで震えるぞハートッ!!
#jojo_anime

5部はリアタイ読みで一番好きな部だが何が良いって、
これ社会的に弱者の少年たちが信念を持って行動し、犠牲も辞さず突き進んで夢を実現する物語なんだよ。
しかも上位目的が弱い人を助けるというヒーローモノとしてギャングと対比した超王道でもある部なんだよ。熱くない訳がないッ!
#jojo_anime


でも、運命と近しい者の犠牲というペーソスもあるのがこの部を耽美にしているし、命懸けで道を切り拓くとるかとられるかの任侠世界らしい覚悟が漢心を刺激するのも好きだったりね。
#jojo_anime


小野大輔さん、5部好きなので今頃胸元はだけて歓喜しているんかな……(´∀`*)ウフフ 
(でも、むっちゃ厳しい目で視そうな気もする)
#jojo_anime


しかし、放送開始前からこんな盛りあがるものなのか。自分がチェックしたからそう見えただけなのか。
放送中も放送済んだ後も盛りあがるだろうけれどー。


ふうっ珍しく祭りに参加してエキサイトしてしまったGIO。


#ジョジョ 黄金の風1話視聴。
なかなか良かったです。ある程度のカットはあるにしても、演技も動きも迫力あるし、舞台の雰囲気もイイ。
ジョルノ役の方は、むしろこれからの名言やバトルが本格化してからが真価が問われそうです。
何話構成になるかも気になるが、全体的に楽しみだ。


……と書いたのち、しばらく忙しかったようで感想ツイートはなく、
ストーリーがトリッシュの護衛でヴェネツィアに向かう辺りから
またポストしています。
というのも、プロシュート兄貴のところは特に好きなんですよ、自分。


#ジョジョ フィレンツェ特急の戦い視聴。
やっぱ、プロシュート兄貴もブチャもペッシもみんなしびれる格好よさの話だな。
偉大なる死。5部の決死でやり遂げる気高き覚悟が決定的に描かれている。
これがクオリティも高い映像で見られる幸運に感謝。週刊当時から待ち侘びた日々にアリーヴェデルチ!

この辺ではもう、5部アニメのクオリティへの信頼感も確認できています。


#ジョジョ ホワイトアルバム戦。
ベネ。
覚悟とはッ!!とミスタの銃撃の押切とにタメ張る信彦さんの勢いある演技、そして黄金の朝陽からのフィニッシュ。早口じゃなく割と一音ずつをきっちり言った感。これはこれで良いと思う。
これがアニメで視れたことに感謝を。5部アニはもう、毎週グラッツェ



#jojo_anime
最終任務回視聴。
ブチャ節とでもいうか、吐き気を催す邪悪とは!からのあんたは再び俺の心を裏切った!も、ブチャラティの台詞で好きなモノなんですよね。
中村さんの熱演でまたしても最高な回だった。
しかし、もうちょっと言うならボスの「おお、ブローノ……」が聴きたかった。



ああいう協会地下への隠し穴とか、観光客が偶然みつけてしまったら気まずいんだろうか……先生はエレベーター付近の調度品を見て想像で描いたのか……そういう想像膨らんで楽しめる描写だった。#jojo_anime




#jojo_anime 裏切りの船出視聴。
寄る辺の組織を裏切る自分なりの理由、彼らの信念が顕れる決断。その中でナランチャが苦悩するのが泣けた。よい演技。
それがトリッシュへの恕から自分の仁で裏切り者になる理由を見い出す。
フーゴがそのこころに至るのは小説へとto be……各々の『今』による分水嶺




ボスへの裏切りからのエピソードの感想は、
後半戦の②で。
ここからは、少しネタ的なポストのまとめを。


ネタァッ!etc




これまで誰かがやってはいたんだろうけれど、#ジョジョ 5部アニメが放送しているこの時期に改めて、汐華初流乃⇒ジョルノ・ジョバァーナみたいに護衛チーム皆を名前漢字変換大会したりしたら盛りあがるかなあ……
武茶羅帝舞楼之
阿波木尾礼王音
……アカン、ヤンキーみたいだw誰かセンス求む。




#ジョジョ
ジョセフとブチャラティが同じ日生まれ。おおう、杉田と中村どんだけ仲良いんだよ!もはや奇妙な運命を感じる。
接点のまったくない二人だが、ジョセフがイタリア旅行した時に食事した店でブチャと隣席になって、ブチャは会話が聞こえて「愉快な男だな」と微笑んでいたりとか妄想ふくらむー




久し振りに #ジョジョ 2部辺りを読み直してたが、
この後々つけられた2部副題の『戦闘潮流』
ネットで調べても具体的な意味が分からないのだが、
ふとこれ、戦闘『嘲』流なんじゃないか?と感じた。
他者を嘲る流儀者の戦闘、戦闘『嘲り流』
嘲笑の嘲を潮にして戦闘嘲流⇒戦闘潮流。まあ既出かも



ジョジョ5部アニメ……始まったら始まったで今さらのようにスタンド名に対して「商標がーっ」「パクりがーっ」とか騒ぎ出すトンチキがいそうな気もしてる。
そんなやつらにはもれなく輪切りと虫眼鏡の刑を食らわせたい。#ジョジョ




#ジョジョ
ミスタは帽子の中にある弾丸(進行により他からも)から瞬時にリロードする訳だが、この帽子の中の具体的な構造は先生の言やファン検証されたのかな?

頭にベルト状の弾倉でも巻いていて、それが弾出されて空部分が正面に来ても、頭振ってベルト回転して額上部に弾がくる仕組みとか?はて。



以上です。
割とまばらな感想ツイになっていました。
しょうがねーなぁ~~~~。

ま、それはそれとして、
では、7月末の最終回の後に、
後半戦の感想をまとめたいと思います。

→to be continued.




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[edit]

「『四月は君の嘘』宮園かをりちゃん誕生日記念。今年のお祝いに前日譚小説を書きました」 


というあれで。
また巡って参りました、本日7月4日は
四月は君の嘘』のヒロイン
宮園かをりちゃんの誕生日です^^

今回は、お祝いに短編小説を書かせていただきました。

これは、今年の2月18日の記念日に書いた椿短編の頃から
かをりで書くならと考えていた構成で、
原作・アニメ第1話の前日譚の短編小説となっております。
タイトルは、
四月は君の嘘 『星のプレリュード』


こちら、Pixivの投稿先

四月は君の嘘 『星のプレリュード』
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=11346947

加えて、この短編を書く際に考察した、
劇中四月のカレンダー進行の独自解釈も書いてみましたので、
劇中のあの出来事の日にちはいつだったのか?
と気になる方は、
参考までに(あくまで独自解釈であり、
原作者新川先生の意図に必ずしも沿うとは限りません。
そこは二次創作の範疇としてご理解ください)
読んでみるのも良いかもしれません。

四月は君の嘘 劇中四月周辺のカレンダー解釈
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=11346981

楽しんでいただけたら、幸いです^^



しかし、ここ数日、Twitterで
四月は君の嘘のタグでちょっと見ていることがあったのですが、
いやー、原作もアニメも最終回を迎えて四年が経ちますが、
未だに
初めて見た!良かった!
という方々や、
改めて見て泣いた(TДT)ウエーン.
と言う人も多く、
ホント、君嘘が愛されていて、
君嘘おぢさんのとーしろさんとしても
たいへん嬉しいです。

(当ブログの君嘘考察記事も未だに見てくれる方々がいるのも嬉しい)

そんな訳で、

かをちゃん、みんな君を忘れてないよ!(´∀`*)ウフフ

と、かをちゃんの誕生日に改めて思わされ、
四月は君の嘘という作品とカラフルな女の子、
宮園かをりと出逢えた幸運に改めて感謝を抱きます。

新川直司先生、四月は君の嘘とかをちゃんを生み出してくれて、
本当にありがとうございます~<(_ _)>

            

ではここらで。
「四月は君の嘘」ORIGINAL SONG&SOUNDTRACK
を聴きながら、
また何かの機会に、君嘘について語れることを願い、

君嘘、かをちゃん、大好き!!!!ヽ(*´∀`)八(´∀`*)ノイエーイ




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テーマ: アニメ・感想

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[edit]

「この日を忘れない。『四月は君の嘘』完結から4年、またお祝いに短編小説を書きました」 


今日は2月18日。
今年もこの日がまた巡ってきましたね。
当ブログのリピートの方なら
ご存知であることも多いと思われますが、
今日は漫画

四月は君の嘘

の特別な日ですね。

原作とアニメの完結からはや四年。

この日を忘れない。
今年も大切なこの日を思い出して、
自分なりにお祝いさせていただきます。

そんな訳で、
今年は昨年に引き続き、
小説の短編を書かせていただきました。

四月は君の嘘 『春待ちバラード』
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10763363

内容は、
椿にスポットをあて、
作中1月の椿の告白から、
最終回の踏み切り前までの様子を
自分なりの解釈で描いています。

公生が苦しんで、コンクールを乗り越え、
そして手紙を読んでラストシーンに至る裏で、
椿はこんなことを思って過ごしていたのではないか?
という補完であり、

同時に、気取った言い方になりますが、
昨年の自分の書いた公生視点の短編が『表』であり、
この椿短編はその『裏』となります。

公生と椿が表裏一体、
ちょっと一緒にいなくても、繋がっているよ、
みたいな……。

実際のところ、
2年後の短編漫画を読むと、
公生は凪とちょっと進展している気配もあり、
椿と恋人としてそのまま過ごして行っているのか、
それはやや怪しいです。

しかし、最終回の踏み切り前での椿の言葉は、
こういう経路で生まれ、
そしてラストのその後へ繋がるのではないか?
という、椿の掘り下げの試みとして書いてみました。

同時に、劇中1月から3月までの
カレンダー進行に関して自分なりに再解釈しており、
これは全ての人に納得してもらえるとは限らないので、
こういう解釈での描写もアリかもね、と楽しんでいただければ幸いです。

加えて、昨年の短編、
『僕と君との追想曲』
を読んでくださった方々、大変ありがとうございました。
四月は君の嘘をより味わう、少しでもの一助になっていれば幸いです。

興味ありましたら、
本短編も読んでいただけると幸いです。


 ❀    ✿    ❁    ✾
    

今年のちょこっと君嘘考察。

論語で触れた本と用、
本質と現象について考えていてちと思ったのだが、
公生って弾く理由を持っていた、
その行動の本質を実は最初から持っていた
有る真、真=本質、で有馬だったのかな、と。

キミのために生きるという本質を持った、
(本質を持って生きる主人)
有馬公生というネーミング……とか。新川先生!泣


今年も公生とかをちゃんの懸命なドラマに感謝。
椿も渡も、柏木さんもありがとうございます!

では、
今年も、君嘘大好き!!!!ヽ(*´∀`)八(´∀`*)ノイエーイ

また出来れば何かの機会に~♪






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テーマ: 漫画の感想

ジャンル: アニメ・コミック

[edit]

「『やがて君になる』 アニメを視聴しての感想・考察などまとめ」 


やがて君になる
月刊コミック電撃大王連載の
仲谷 鳰(なかたに にお)先生の漫画作品。
内容は、恋愛モノですが、女の子同士のいわゆる百合モノです。

この作品が昨年アニメ化し、秋アニメとして放送。
それを、当初はチェックしていなかったのですが、
11月過ぎから視始めて、全話を視聴しました。

これが、中々(いや、実際かなり)良い印象で、
恋することや悩み、葛藤などの心情が繊細に描かれていて、
その感情の動きを見るのが楽しい作品でした。
恋愛モノは一筋縄ではいかないのが面白味、
というのは定説ですが、それを分かっていても
このぐるぐるぶんぶんジェットコースターのように
視聴者を振り回す主人公たちに
「面白い作品」と思わされました。

そこから、この作品の各要素などについて思ったことを
Twitterに自分がポストしていたモノを、
放送も済み少し落ち着いたのでここでまとめておきます。

やが君を楽しまれた方々に、こういう解釈もあるのか、
と感じてもらえて作品をより楽しむ一助になれば幸いです。

では、ちんあなGOー!


視始めて最初に思ったこと。




音泉ラジオを日常的に聴いているとーしろさん。
ラジオでゆっきーぶっきーで楽しそうだったアニメを試しにと
やがて君になる 1、2話視聴。

1、2話を見て感じたのは、
何故、侑は特別を感じられないのか?
ということでした。
それについては……

思うに侑が特別を感じられないのは、
幸せすぎて幸せが解らない、みたいなメンタルではないかな。
と思いました。
それはどういうことかというと、
彼女、友人いるし仕事出来るし、
部活に選択肢があるくらい色々出来るし、
物にも困ってない(部屋のアイテム類の描写)、
異性から告白されるくらい容姿可、性格可。

満たされすぎて、それに溺れてるというか、
飢えがないから自分にとって
何が価値あるモノ=特別
かが解らないんじゃないかと。
飢えてなくてむしろ飽食だから、
人が価値を見い出す美味いモノ食べてもこんなもんか~、
みたいな感性……

なのかもしれない、ということ。

加えて放っておいても自然に与えられることが
自ら渇望する必要なさを作るという厄介さも侑にあるように思える。

各々にとっての特別、価値あるモノって、
その人が幸せに繋がると解釈するモノだと思う。
侑はだから現状幸せ過ぎて
自分を幸せにする可能性のある恋にも渇望がないのかも
(愛情に飢えている人ほど恋愛したがるそうだし)

そこから更に考えて、
2話までを視聴した時点の自分の考え方としては、
そんな侑が特別な感情を持てるかは何かの飢えを感じて
(失われる価値稀少性や手が届かなくなる事からくる切望とか)
何かや誰かを渇望するようになるかじゃないか?
と思わされました。

まあ、実際はどんなドラマが広がっていくか、
見てみて確かめないと分からない。
なので、今後も楽しみに視聴させてもらいます~♪

と、そうつぶやいていた訳です。


恋愛モノ。二人の物語。




やが君は恋愛モノなので、
主人公とお相手がいて成立し、進行していきます
(むっちゃ当たり前なことを言っていますが)
その点で、
自分は侑のキャラクターのみがやたら気になった初見でしたが、
視聴を進めて行くに従って、侑と燈子、
二人の性格とその抱える問題がはっきりしいてきました。

そのまとめとして思ったのが、

恋愛モノらしく過程が一筋縄には。
侑は好きになりかけているのにセーブして関係を繋ぎ留めて、
先輩はまあ縛られてる人で
縛ってしまうことでしか特別な個との関係を結べない。
そんな二人の関係がその心情を観てると
ジェットコースターのように揺さぶられる。
この作品、面白い――。



ちなみに、仲谷先生に関するWiki を覗くと、
この方の漫画における特徴として、
好みのカップリングは
「面倒くさい子」と「それを助ける子」
と書かれています。
ストライクで燈子と侑がそういうカップルであるということで、
特徴的な性格と問題も、それに絡めて作られていることが分かります。

6話くらい(河川敷での遣り取りの回)
までの視聴でこの作品を自分なりにまとめたのが、

姉のような特別な君にやがてなることを望んだ持っていなかった燈子。
彼女が自分の弱さを認められたら……
侑はもう好きになっている気持ちでその殻を破ろうとするのか。
あなたはもう特別な人間だから、と。
百合で描くからこその大切なことも描かれるのかとか思う。
楽しめる作品。

とポストしています。
二人の心模様と関係のドラマに惹き込まれていますね。


百合というジャンルについて。




百合作品。
菅野マナミ先生の『ひまわりさん』に親しんでいて、
ある程度百合への馴染みのある自分ですが、
しかし格段、百合というモノを愛好しているというのでもなく、
百合への造詣も、意味の深い理解もないのですよね。

まあ、格段に「これはよいモノだ」と断言できなくても、
人物のドラマとして好きになった作品が
それが百合でも許容できる……
とまあそれくらいの温度な自分です。

そんな自分がやが君という百合作品を見て、
少し百合について考えだしました。

叶さんの脚本、どことなくドグラ·マグラを思い出す。
いや、昔に上巻を途中まで読んだだけで詳しくは知りませんが。
しかし、冒頭の寝て見る夢の話がCパートで繋がるとは……
ほのぼの回かと思ったらラストで怖くさせてきた。
なんというか、侑と燈子って奇異同士だからこそ惹かれたんかなあ。
それがやがて君になるが百合の所以なのかにゃ……。

小糸侑を見て思う。幸せも過剰になると人を歪ませるんやな……と。
そういう意味じゃあ、
極端同士の普通じゃない二人を据えたやがて君になるという恋愛モノが、
普遍性から距離をおいた百合というジャンルなのは正鵠を射ているかも。
内容の創作的描写でも思うけれど、この作者さんは信用度高い人かも。

普通とは少し違う恋をする女の子の、その心理の理由……
そういうのに少し考えが及び、
自分なりに解釈したのでした。
社会に溢れる普遍的なモノに価値を普通に見いだせれば、
皆と同じ普通の男女の恋愛もできるのが自然というか……、
侑も燈子もやや奇異なメンタルをしている、
そのどこか歪な感性が、
同形に近似した心の人間に価値、
好きになるという特別を抱かせた……。
それが、たまたま同性だったというだけの話が、
百合のひとつの実情なのかな、と。

まあシンプルに、
メンタル的にどうしようもないアホの多い
(自分も含めて)男よりも、
女の子が純然と好きで恋をするのが同性という
女性もいるのでしょうけれど……
まあ、そこは繊細で複雑で各々の欲望な心模様ですね。


この百合恋の行方は……?




うーむ、恋愛モノである以上、
その恋が成就するのかどうかというのは
最大の焦点であり決着点ですよね。
それで、少し思ったポスト。

#やが君 12話視聴
燈子の弱さや強がりを知って好きになった侑って、
かなり母性的な優しい子
(表面的にはクールさもある子ですが)。
それで縛られている燈子を変えたいと思うのはいいんですが、
弱さを認めたとして果たして
その危うさのなくなった燈子を
侑は好きなままでいられるのか。
ここまで燈子を特別と感じるように変化した侑が、
それで彼女にとっての特別は変わらないのか?

そう考えて思ったのですが、
どうも、恋愛モノはハッピーを好む癖があったが、
一旦失恋というケースを想起すると見えるモノがある。

侑って、自分の想定として
幸せすぎて特別が分からないのもあったかもですが、
それよりも、終わる恋、
哀しい恋があることを認めたくなかったのではないか?
彼女がアニメ3話で思っていた
見切りをつけ受け止めるべき可能性は、
本の中の幸せな恋ばかりではないという現実なのではないか。

燈子、同性を好きになることは、
多くの場合幸せな恋とはいかないと侑は想定し、
彼女を好きになっていくことで自らの身の上の失恋を予感した……。

特別を感じなかったのはむしろ、
無意識に哀しい恋を回避し、
その現実を踏まえて人を好きになることを恐れる心があったから、
なのかもしれないにゃ……。

まあ、あくまで想像です。実際どうなるかは分からない。
こういう想像が出来る自分的に良作なのは間違いないです。

実際、この恋の結末はどうなるのか。
その前に、侑と燈子の抱える問題の解決ですが、
しかし、侑に関しては、特別を感じられないことについて、
変化はアニメ全13話を通して訪れていますよね。
最終話は、まさに変わった心で踏み出した侑が描かれています。

#やがて君になる 最終話まで視聴。
ラストの電車でのシーンに結実する全編通しての
電車ニキ(電車アニキ)の良い仕事っぷり。
始まりの到来であり、過去の去来であり、
変わっていく先の予兆を電車が『運ぶモノ』として象徴し、
綺麗に演出されていました。
水ニキは出口へ。
さあ、第二幕は星ニキの番だ。二期期待!

幸せに溺れて自らの価値、幸せを見い出せなかった侑は、
その水中の出口に達しました。
そういう意味で水ニキは役目を終えたという描写に思えたんですよね。

そして、燈子⇒星
これは、1話サブタイトルからして届くかな……?
と思う。
うーん、もしそうじゃなくても、
二人の関係が何を育むのか、見守りたいなこの作品。
と思っています。

うーむ、1話目に作品の全てが集約されている物語と、
1話のリバース的な回答を物語としてまとめるタイプが大まかにあるからなあ、
見届けてみないと実際はなんとも言えないんですよね……
生まれた日である程度宿命や定めが決まっているけれど、
その結末や成果は過程の決断と行動によって変化する人間と一緒やな……。

そんな『人間』の描かれている良質な作品だっと自分は思います。
今後は原作もチェックしたいですね。
そして、一期のようなクオリティで、アニメ二期に期待!



みなさんも、
この『やがて君になる』という漫画作品、
人間の恋する心情を描いた作品としてとても良質なので、
百合に抵抗があまりなければ、
是非触れてみて欲しいです。

私、こういう百合、好きになりそう……
ということになったら、
さてさて、それもひとつの幸せのカタチ。

自分としても、
侑と燈子が少しでも幸せな結末を迎えますように……
と人類の願いを祈ります。

そして重ねてになりますが……二期来いよ!(ง `ω´)ง✧
と願わずにはいられません。

ではでは今回はここらで~。

ps.なんでも今年5月にやが君の舞台化が決定したようです。
おめでとうございます~♪
拡がるやが君。
これが追い風となって、
作品が良い方向に行くと良いです。
仲谷先生、お忙しくなると思われますが、
がんばってください。陰ながら応援しております~(*´▽`*)




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[edit]

「ガンダムユニコーン、超遅ればせながら視聴完走~の感想!」 


というあれで、
機動戦士ガンダムユニコーン RE:0096
を今頃になって視聴しました。
いや、テレビ版でさえ2016年放送だというのに、
ほんとうそれでガンダムファンというとんちきっぷりです(汗
しかし、どうも敬遠していたのですが、
実際意を決して視てみるとぐいぐい視れて面白く、
大変楽しめて充実した視聴でした。
なので、その感想を少し書きたいと思います。


平和と相互理解の希求としてのガンダムという物語。



戦争と平和、相互理解という理想。
宇宙に適応して人同士が分かり合える=相互理解が出来るようになる新人類の出現、
そこから為す平和。

アインシュタインの言葉にも、
『暴力によって平和を実現することはできません。
平和は相互理解によってのみ実現できるのです』
という言葉があるように、
ガンダムはそれを出来るようになる人類の進歩と可能性を、
自己の利益のために他者を傷つける戦争を繰り返すことの愚と、
そうした人類の愚かさも踏まえて描いていると自分は愚孝しております。

本作ユニコーンは、
その理想を追及するうえで突きあたる現実的困難に対して、
現実と折り合いをつけるために見切る大人と、
それでもと手を伸ばし続け
理想というより良き可能性を求める人間の
意思と策謀の衝突であったともいえる作品に思えました。

フロンタルはニュータイプ(以下NT)の意識の広がりの先に
色即是空の悟りに至ってしまったシャアということかと読み取れました。

色即是空は、すべてはいずれ失われるからむなしい、という理解で
そういう風にNTと人類の限界、無意味さを感じた彼は
理想よりも現実的に現状のスペースノイドの待遇改善の体現者になったわけだ。

しかし、現実を採る大人のフロンタルと
むなしさよりも生きているうえでのより良い善という理想を選ぶ子供たち
バナージとミネバでは、
サイアムは人類の進歩、願いのために箱を後者に託した。
その気持ちも分かります。

思うに、
自分の代だけで全てを好転出来るほど人は万能じゃない。
フロンタルおよびシャアは有能な故に性急に自分の代で済ませようというスタンスだった
(いや、1年戦争以降の変遷や責任もあっただろうし、
公国崩壊後宇宙民とNTについてのんびりもしていられなかった事情もある)

サイアムは時代の寵児や指導者、革命家としての一個の能力よりも、
自分たちの代までで培った全てを子に託し、
それが連綿と続いていく中でゆるやかに
少しずつより良くなっていくのが命と希望の連なりと考え、
それに価値を見い出し子供達の方に
箱とそれが解放された未来を託したとも言える。

今の代で平和や相互理解が出来なくても、
見切りをつけずに少しずつより良くなっていくように、
世界と次代の担い手達に希望を託して。

――全ては子に託せ。そこに新たな道が拓けよう。失われた命が報われる日もこよう。

と中平正彦先生の作品で豪鬼が口にしていたのがリフレインします。

たとえそれがいずれは失われるモノであるとしても、
生きて明日を営んでいく子らがより良くあるために。

アニメ機動戦士ガンダムという存在も箱のようなモノ。
戦争と人間の愚かさと相互理解の理想と希望を、
シリーズのバトンを継ぐことで次の世代に繋いでいくことに意味があると思う。
悪い意味じゃなくて自然な話、富野さんもいつかは逝くんだから。
宇宙世紀を富野さん以外の他の人が描いたのもそういう願いを感じます。
そう思わされた可能性に満ちたガンダム作品だった。

まあ、ラストからして箱が開かれてまた悶着あるでしょうが……
それも少しずつより良くしていければ、という過程なのだと思う。
そこに、ガンダムに乗り彼らなりに戦う少年がいて、
その姿に視聴者は少しずつ光になるモノを受けて意思と行動を変えていく。
それが、どこかの誰かのより良い明日に少しでも変わっていければ、
数多の光が集った虹の彼方に、
分かり合えた理想を手にした人類がいるかもしれない。
その道を、少しずつ皆で歩いているのだ。

そんな本作ユニコーン、面白かった。
良質のアニメ作品、だがこれはいちフィクション、
今は神話でもない。
しかし、人の希望と可能性を描いた確かな連綿たる時代の一時。
つまりは、そういうことなのさ。
と、そんな風にまとめたいと思います。


ps.モビルスーツではラスト付近のネェルアーガマと袖付きの戦闘で、
ネェルアーガマ上で二機に挟まれながらスパイクシールドで格闘していた
ジオン系の青っぽいヤツが輝いて見えました( •̀∀•́ ) ✧
あと、ジンネマンはいかついが本作の癒し。
彼がいることでどれだけの人が救われたか……。

さて、今年はガンダム40周年。
今回の視聴で調子出たので、次はジオリジンを見て行くかな~。




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