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「もう一度、君とワルツを。『四月は君の嘘』第18話視聴感想」 


アバン。
「予感がしたんだ。
何かが変わるかもしれないって」

凪のモノローグから始まる胡桃ヶ丘中学文化祭。
その凪と公生のステージ。

今回の二人が奏でたワルツにより、
確かにこの作品の登場人物たちは
変化していくんですよね。

武士は公生という目標……上を見据え、
かをりは自らの見切りを振り切ろうと踏み出す。

これを今回から一部映像と歌詞が変わったOPテーマ曲
が象徴しているようです。

かをりはやっぱりまた日の射すカラフルな情景で、
公生と演奏することはないのでしょうか、
と不安に思う映像ではありますね。

流星群と舞い散る花弁の美しさが、
かをりという存在を強調しているような。

ともあれ、
ピアノ連弾「チャイコフスキー “眠りの森の美女”より 「ワルツ」」

前回で描かれたように凪は自らの
練磨と追及の時間という深淵を覗いた経験を発揮して、
文化祭での演奏で観客を驚かせる。

けれど調子が良いと手応えを感じる凪を驚かせる
集中状態に入った公生の奏でる音。

練習は嘘を吐かないと自らの練磨の成果を体感する凪もイイのですが、
それよりも、自らのピアノの音が聴こえないというハンデを
飼い慣らしてきている公生の精神に驚かせれるシーンです。

母との決別を経て、公生が成長した結果でしょうか。
それとも今回の演奏が、かをりに届ける為のものという事が、
公生をシビアにさせているのでしょうか。

いや、これが現在の、
これからのピアニスト有馬公生なのかな。

鍵盤を叩く指に、音に、
届けたい相手を思い描いて弾く。

それは前回、公園のブランコで凪にも話していたことですしね。

その真髄を見せつける公生に「上等!」と
喰らいついていく凪。

熱いハートを持った娘ですね~、可憐な容姿とのギャップが
またいい。

もともとぶりっ子と小悪魔な隠れた本性を持っていて、
途中、自らの状況と目的の為の追い込みで苦しみ、
逃げ出した弱い部分も見せながら、

いざ本番での、この様子は、視聴者を惹き付けますね。
思わず「凪、頑張れ……!」
ってなっちゃいます。

これがキャラメイクというモノですね。

演奏が続く中、
渡が携帯電話で演奏をライヴしていますよ。
かをりちゃんが公生の演奏を聴いている。

二人のワルツ。

その表現は素敵なのですが、ここでひとつ思うのは、
一緒に踊っている筈の公生と凪が、
それぞれに心に思い描いている人物が違う、
ということですね。

本来、協奏というと、お互いが想いを通じ合わせて、
そしてシンクロにも似た一体感でもって
ひとつの演奏を奏であげる。
というイメージですよね。

けれどかつて、かをりと公生の共演を、
「音の殴り合い」
と評した登場人物がいましたが、
まさしく今回の公生と凪も、そのような共演の姿である、
とうことなのでしょう。

つまり君嘘は、
生暖かい「想いの通じ合い」よりも、
毅然と自らのエゴを演奏という自分の業で表わす、
そういうピアニストのスガタを描いているんではないか、
という気がします。

青春グラフィティでありながらも、
人間が背負うモノと、その対峙が描かれてきた作品でもありますし、

この作品は割とシビアなセンシティビティと業を
描こうとしているんだと思います。
これだけカラフルでコミカルで、情緒的な群像模様を
描いて来ておきながら。

新川先生って、結構ゲドーかもしれませんw

でも、違う方向を向いているワルツのパートナーといいながら、
その心象はだぶっているのが憎いですね。

共演というファクターを表わすのの、方向性ですねφ(..)メモメモ

また別の考え方として、
ワルツを踊っているのは届けたい相手である、
とも解釈できますね。

演奏は二人の昂まりとともに終演となる。

その曲に突き動かされて、
かをりは弱った躰でエアヴァイオリン演奏をしていましたね。

四月は66

かをりが流した涙は、
果たして自らの諦観へのくやしさか、
カラフルな自らへの切望か。
公生と一緒にまた演奏したいという切なる思いか。

何にせよ、かをちゃんの心に、
公生の演奏は何かを届けることが出来たのかな。

また武士も、自分の不甲斐なさを感じるとともに、
これではいけない、と立ち上がる。

ここがね、
以前椿のソフトボールの試合でかぶせてモノローグで語られた、

「音を交わすことでお互いを知り
お互いを理解する
心を重ねるように
それはハーモニーの生み出す奇跡
音楽は言葉を超えるのです」

を象徴していますね。
これまでにもそれは描かれてきましたが、
今回のかをりへ向けての意味は、
それを知った者(公生)が受け取ったモノを返すという構図で、
とても感慨深い描写です。

公生に宣戦布告して、軽やかに駆け上がっていく武士。
かつて凪が魅た、
百段坂を一気に駆け上がっていく「ヒーロー」が戻ってきた。

オペラ座の舞台に憧れる女の子。
凪は一皮むけたみたいですね。
公生も人の成長を助けることで、自身の糧にもなったようですし。

四月は68

しかし、武士はシスコンだった。

相座兄妹いいなあ……。

四月は67

凪の感謝の泣きお礼でね、
彼女も公生と完全に和解したな。
(椿にまたライバルが……)

そして文化祭後、三池くんが意外な再登場。

公生はかをりのもとを訪れ、
自らの意思を告げる。

「心中はできないよ」

「もう一度チャンスをください。
君と肩を並べるチャンスをください」

「もう一度、僕と一緒に弾いてください」

かをりの諦念を知るからこそ、
また、かをりを尊く思うからこそ、
その彼女の心に公生は願う。

母のようになって欲しくもないから。

それとは別に、かをりとまた音と心を重ねることを、
公生も望むから。


君は王女さまじゃない、というのは、
ラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」
を重ねているんでしょう。

前回、公生がラヴェルなんか聴きたくない、
といったのは、身近な人の「死」の想起からなのかもしれませんね。

またラヴェルの逸話として、
晩年記憶障害で自身の作った曲を
「これは誰の作った曲だ」
と忘れしまっていたというのがあるそうです。

これからかをりが母のような末路を辿ると、
いずれ公生がかをりという存在を霧散させ、
忘れて行ってしまうかもしれない、
という恐怖を表現しているのかもしれません。

だからラヴェルの否定。

公生はかをりに生きて欲しいと願っている。

その彼女に、生きる目的と希望を与える意味でもあった。
そういう意味での連弾と、今の公生の意思だ。

かをりは自らの生い先への見切りと対峙し、
公生は残酷だと言うけれど、
それでも、
また、君とワルツを、
と望む。

四月は69

かをりによって変えられた公生が、今度は
彼がかをりを変えた瞬間でしたね。

ちなみに、ここでかをりが言っている
「叶ったユメ」というのは、
原作最終回を読んだ方にはご理解頂けるでしょうが、
「もっとも美しい嘘が生まれる」
が生んだ結果ですよね。

それに関しては、アニメ最終回の感想記事で
改めて詳しく書きたいと思います。

気になる様なことを言ってすみません。
じゅーしーはゲドーなのです(笑)

ではでは、次回の君嘘の感想でまたお逢いしましょう。
あと4話!!


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[edit]

「誰かの為に弾く。そうして届けたい事。『四月は君の嘘』17話視聴感想」 


突然ですが、今回に限らずですが、
本作品を視ていて(読んでいて)
君嘘のサブタイトルは
意味の回収が実は深くて面白い、と
じゅーしーは前々から思っていたのですよ。

その中でも今回は、少々嵌りすぎというか、
巧くつけられているというか、

そこに焦点を置いてまず書いてみると、
公生と凪が公園のブランコで語り合った
夕暮過ぎの時間帯。
それが『トワイライト』に当たるのですが、

その他にも、この語句は
スラングで「便所」という意味もある
("toilet"に発音が似ているため)
そうなんですね。

まさしく
凪がエスケープしたあのシーンを指しているんですね。

ただ言及すると、
原作では後者のシーンがある話数のサブタイトルは
「深淵をのぞく者」
で、前者の原作話数で「トワイライト」の
サブタイが使われていた。

このことから、エピソードをアニメ尺でまとめて
あらためてサブタイトルを付けたアニメ版が、
うまく嵌ったというカタチですね。

また「トワイライト」の別の意味に、

たそがれ。終末期。

というのもあるようで、
これはかをりちゃんの病状の深刻さとかぶせてある
という事なんですかね。

前回のラストのセリフの深刻さの続きで、
かをりは自身の躰がかなり良くない事を
告白しているのと合わさるように。

うーむ、サブタイトルひとつとっても
よく考えられているんですよね。
当たり前といえば、当たり前なのですが、
今回は複合的な意味が巧く作られていたので、
ついついその事をまず語ってしまいました。

こういうタイトルの付け方のテクニックもあるんだなあ、
とじゅーしーはまた君嘘から学ぶのでした。いえーっ

かをりとのああいう会話を経て、
ふさぎこんでいる公生を椿は心配しているのですが、

この思春期の女子らしい、(椿個人の性格もありますが)
自分の本音に素直になれない処と、
ライバルの女の子(かをり)に対する
ほのかな疎ましいという気持ちと、
友人にそんな感情を抱く自分への罪悪感と。

それを精一杯の見栄で隠そうとするいじましさ。

椿は女の子なんだな。

と、その等身大な恋をしているスガタに
公生じゃないですが言いたくなります。

想い人がいるということですな。

前回の君嘘感想記事でも書きましたが、
“誰かを想う心情がピックアップされていたように受け取れる”
とうのが、この椿のシーンと、
そして凪の心情を通して描かれているんですよね。

それにしても、凪可愛いですね~(´∀`*)ウフフ

四月は62

走って公生と追いかけてきて、そしらぬふりをしたり、
公生を連発でしかりつけたり、
「オーボエをきゃなでるよ」(きゃのアクセント!)とか、
公生に心配したことをお礼を言われて焦ったり

とかとか、さすがくる中の天使!

しかし、このシーンの凪もですが、
君嘘の登場人物は、ほとんどのキャラが
自分の気持ちを踏み込んで言えないんですよね。

その葛藤や悩みが、青春モノとしての魅力なのかな、
とも思ったり。

青春モノとは一体……うごごごごごっ
(青春モノの小説が途中になっている人)

ところで、珍しく君嘘の人様の感想に目を通していたのですが、
海外の反応というので、

公生が渡にかをりの病状が深刻なことを告げたシーンで、
「ベストフレンドだよ渡は!」
という意見の他に、

「渡は死の迫っている女の子の彼氏でいる負い目を感じたくないから、
公生にかをりを押し付けようという下心で彼に優しく声を掛けた」

みたいなのがあって、

これはいささか心無い、というか、
これには確かな反論が出来て、
原作最終話での渡の様子を見れば、
彼がそんな下種な男ではないことが知れます。

みなさん、ダークサイドに惑わされずに(笑)
渡はナイスなハンサムガイですよよよっ

そんな渡の言葉に背中を押されて、
かをりの病室を訪れる公生。

けれどかをりは
公生が深刻にならないような気遣いでしょうか、
軽い調子で何とも寂しいことを言ってのけます。

あれだけ自分の演奏や、自分がこころに残った出来事を、
しっかり記憶にとどめて、
「忘れない」
と言い切っていた彼女が、

「忘れちゃえばいいんだよ」

と公生に告げる。

これまでかをりの方が公生に
「君は忘れられるの?」

と問うてきたのに。

なのにこんなセリフがかをりの口から出るのを、
公生も
「何で君がそんなことを言うの?」
という気持ちで聴いているわけですよ。

でもこのかをりの心情は、
諦念なんだと思います。

自身の躰の実感と、
先のエピソードで医師に告げられた事。

それがかをりの心にそんな気持ちをはびこらせた。

「自分はもう長くないから、
後腐れなく忘れてしまって」
みたいに。

公生の言うとおりに、これは無責任ではある。
いじけてもいるでしょう。

病気の身の当人にしか分からない失意もあるのでしょうが、
かをりはこの時点では、
自分のことを悲観して、投げ出しているのもまた、確かで。

公生がかをりから受けた心の影響を考えれば、
彼の怒りも当然だったでしょう。

いや、むしろよく怒ってくれた。

一緒になって病気の身を嘆き、失意に昏く沈むなんて
そんな青春は君嘘には似合わない。

それじゃあ、序盤からのカラフルの意味がない。

それを読者と視聴者に与えたことの意味がない。

ふざけるな、である(プンスコ

ごほん。
ともあれ、
そんなかをりに対して思うところがあるからこそ、
公生は彼女に何かしたい、と考える。

それが凪と学祭の舞台で演奏すること。
しかも「連弾」であったこの意味。

共にシンフォニーを奏でる様を見せ、聴かせることで、
かをりの心に届けたいモノがある、
という事なのでしょう。きっと。

かをりには、自分がいる。
だから心を強く、
諦観を振り切って、
自分の身を嘆くだけのそんな終わり方を否定して、
もう一度自分と同じ舞台にかをりが立ってくれるような。

そんな気持ちをかをりに奮い立たせるために。

それが公生が凪に頼み込んで、
その演奏で届けたい想いだったんだと、
そう感じざるを得ません。

公生の想いと比例して描かれる、
凪の演奏の舞台へのプレッシャー。

これを乗り切ることが、演奏家として
避けては通れない道であると共に、
彼女という演奏家にとっての
「必要なモノ」になればよいです。

というわけで学園祭当日。

椿たちも公生の演奏を観に来ているのですが、
中でも特に注目したいのが、
妹の晴れの舞台という事で客席にいる武士です。

この武士の隣にいるメガネの可愛い娘!

四月は63

なんと公式Twitterでは以下とあります。



以前、2,3か月前くらいの感想で、
原作単行本で先に見ていたじゅーしーは
彼女について触れているのですが、
全然違う役どころの女性でしたね。

確か最初は「これ絵見?」
といって、次は「お母さんか親類かな?」

と書いています。
しかし制服着ているのをみると
だいぶピントのずれたことを言ってしまっていたようです(汗

でもこの彼女と座っている武士がですね、
彼女との会話で
なんかぶっきらぼうというか、クール気どっているというか、
気位高そうな受け答えをしていて、

おまえ、好きな子の前でそんなかよ!
と微笑ましくなるのでした( ´艸`)

公生と凪(凪と公生の方が正しいかな)の
出番が迫ってきて、
緊張している凪に公生が声を掛けてるんですが、

これ、凪惚れてまうやろ、おい(笑)
膝入れていますが。

四月は65

という感じでいよいよ共演の開幕です。

醜いオペラ座の怪人は、果たしてどんなワルツを踊るのか。

以下次回です~~~♪

楽しみ!


ではでは、また君嘘の感想で!



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[edit]

「かをりへの気持ちをもう一歩自覚しろ、公生。『四月は君の嘘』16話視聴感想」 


前回のショッキングなかをりちゃんの様子。
正直、
それから脱するような展開を期待する気持ちがある作品です。

しかしアバンは、ガラコン前夜のかをりが入院する切っ掛けになった
様子が描かれていますね。

前回かをり自身がお見舞いに来た公生たちに語っていたように、
頭部からの流血が……。

しかしそれよりも、肢に力が入らない症状の表れや、
かをりのその症状を見越していたように、
彼女のうちには手すりが設けられているんですよね。

これはかをりの病気は、
今に始まった事ではないということを物語っているようです。

ともあれ入院中のかをりとは対照的に、
女子中学生といちゃこらしている公生(語弊がある)

容赦の無い指導をする公生と対する藍里凪は、
一瞬公生の手に対して、
攻撃性を含んだ視線で見つめているんですよね。

四月は58

「手がすべっちゃった」
と言ってピアノの蓋で公正の手を挟んで、
傷つけようと目論むような、そんな危険な発想がよぎっている瞳。

自身もピアニストなら分かるであろう、
その行為の業の深さを知ってか知らずか。

ここに凪の公生に対する本性があるようですね。

凪ちゃん……一体何者なんだ……。

その凪は、譜面の指示通りに弾くこととこそが、
演奏家にとって必要というスタンスを持っているようで。

これはかつての公生に似ているんですよね。

今回のサブタイトルは「似たもの同士」。

この新キャラの凪は、
かつての公生をなぞる部分が多く見られる役柄で、
かをりとの出逢いと交流で変わってきた公生と
彼女が触れ合う事で、
また凪にも影響がでていくことなんでしょう。

かをりのお蔭で変わったモノを、
かをりから受け取ったモノを、
今度は公生が……変わった当人がまた与えていく。

これは、かをりが公生の中に息づいているという
メタファーそのものですね。

ステキな創作表現です。

新川先生、出来るな……!


ところでこの遣り取りの時から出てくる
凪の「陳腐ですね」
が良い味出ていますよね。

というか、これラストまで凪の決めセリフでもあるという。

あと、凪の髪留めがたぬきなのが、
彼女の人を化かしているっぷりを表現しているように感じます。

四月は59

小道具も良い味だしていますね~。

と、シーンが変わって学校帰りの公生が
待ち伏せしていたかをりちゃんと遭遇しますね。

相変わらず渡を待っているんですが、
代役に公生を引っ張ってお買い物三昧の開始です。

このシーンの
「君に贖罪のチャンスをあげよう」とか、
迷子の子供を助ける、
とかいうのは、
まだ読んでいないのですが、
おそらく「いちご同盟」
の作中でも同様のシーンがあったりするのかな、
と感じますね。

夜の学校に忍び込むのも、
その引用にあたると思います。

本作には
「スヌーピー」
「いちご同盟」
「オペラ座の怪人」
などの有名作を絡めての描写がありますが、
これは作者の趣味でしょうかね。
まあ、それだけではなく、作中進行に応じた
適切な作品のチョイスでガジェットととしているのだと
考えるのが創作的ですね。

公生がかをりとのひと時を過ごすので、
凪のレッスンをしない紘子さん宅で、
凪は紘子さんと少し本音を晒した会話をしますね。

「公生に危害を加えたら、私がぶっ殺してやる」
という紘子さんがステキです。
愛されている公生。

紘子さんのその愛は、
公生がもうこれ以上哀しみに苛まれることを
望まないという気持ちを語りますね。

公生には幸せなピアニストになって欲しい。
と。

四月は60

その時、かをりと楽しげな時間を過ごす公生は、
この時間を幸せと感じているのでしょうか。

その自覚が、最近の椿のように彼にも芽生えているのか?

ともあれ。

かをりが制服で現れたことで、もう退院して、
公生は自分の心配や不安が杞憂であったのかと
少し胸を撫でおろす思いだったようです。

「嘘か!嘘ついたんか!?」
「鞄は学校にありましぇえん」

このセリフの言い方が面白かったですね~(和み

君嘘は辛い状況を描いていくことをしているけれど、
しっかりと笑わせて和ませてもくれるので、救いがありますね。

こういうの、創作的に大事ですよねφ(..)メモメモ

かをりとの自転車二人乗りでの帰り道。

公生もかをり同様に、二人の時間の永遠をほのかに願うあたり、
彼にとっての宮園かをりの位置づけは、
徐々に“憧れ”から動いてきているようですね。

けれど、恋心を自覚したときに、
彼女が健康でいられるのか、
というのが大きな懸念事項ではあります。

四月は61

流星群の夜空のもと、涙をながすかをりの心境は、
一体どういうモノだったのか。
彼女がもし、自らの命の短さとかを感じてのモノだったならば、
公生でなくとも、
一体どういうことを言ってあげればよかったのか……。

ところで凪の鞄についているマスコットが、
狸とスケルトンというのが、
今回のラストで明かされる彼女に近しい者との
対比のように感じます。

狸が凪で、スケルトンがロックなピアニストの『ヒーロー』という。

案外、大好きな『ヒーロー』に貰ったとかかもしれませんね(微笑

というか、ご覧になった方には言うまでもないでしょうが、
藍里さんは相座さんなんですね~、これが。

今回の「似たもの同士」で、
前述以外にも公生と凪ちゃんには共通項があり、
それが立場的に届かぬ想いだったりするのですが、

公生には早いとこかをりへの想いに自覚を持ってほしいものです。

といっていたら、またもやラストで不穏な空気が……。

「いちご同盟」のセリフをなぞるかをり。

「わたしと心中しない?」

彼女が自分の病状を医師から告げられた、
その内容の酷薄さが窺えます。

果たして公生は、かをりのこの言葉に対して
何を思い、どう応えるのか?

それで次回ですから、気になりますね。

今回は少し前の、
椿が自分の想いに気づいたのを起点にするかのように、
公生や凪、また紘子さんの誰かを想う心情が
ピックアップされていたように受け取れます。

当然かをりの心情もなのですが、
君嘘の作品では人物の内に誰かが強い印象を残して、
その人の中で生きている、
というのが瑞々しく描かれていて、
本作の、主人公のこころがカラフルに色付いた、
というセンセーションなテーマに隠れていた
本当の狙いがじわじわと表に出張ってきたようにも感じますね。

このニュアンスが、果たして作品の終幕に至って何を見せるのか。

これからもアニメ君嘘を見届けたいですね^^

ではでは、
この回の週はいまいち調子が良くなくて、
感想記事がだいぶ遅くなったじゅーしーでした。

次回の感想はもう少し早くあげれたらいいな~。
などと。


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[edit]

「凪登場♪しかし、かをりちゃんが……。『四月は君の嘘』第15話視聴感想」 


今回は少し普段のストーリーの順列に沿って
感想を書いていくスタイルから離れて書きますね。

というのも、今回は1本の話の中で、
象徴的な事柄が3、4つありながら、
本当はどれも同じくらいに物語にとっても、
視聴者にとっても大切な筈なのですが、
どうしても、視聴した印象が偏るからですね。

正直、椿が斉藤先輩に振られて、別れることになるのは、
時間の問題という感がありましたし、
でもそりゃあ椿が自分の気持ちを自覚して、
その気持ちに踏み出すための『溜め』である
今回の椿の日常は、大切なシーン達なのですが。

それに公生に慰めてもらうカタチでの
夜の音楽室での静かな「月の光」は、
ムーディーでロマンチックですよね。

(相変わらず夜の学校にどうして這入れるんだか
とか思いますが……)

感慨と感想を持つには、そりゃあ必須な部分ですよ。
そりゃあね!

けれどですよ、けれど!

中盤からのえみりんの出番と、武士の様子とか、
凪の登場と小悪魔な彼女のあれこれを視ても、

ラストのかをりの身に迫る病魔が!

辛い……。

ついさっき、公生と明るく元気に電話していた彼女がですよ、
突然肢に力が入らなくなって、
病院のリノリウムに膝を折り、尻をつく。

これは先日のガラコンの日にも自宅でその症状が
わずかに顔を出ていたのでしょうが、
かをりの病気の深刻さが、
視聴者だけでなく、彼女自身にありありと、
まざまざと感じられるシーンだったんですよ、
今回のこのシーンは。

かをりも「あれ!?……あれ?」
と驚いていたように、
自分の躰が、筋肉がいう事をきかない、
というまでの症状は恐らくこのとき初めてで、
だからこそ、
理解できなく、
驚いたんだろうし、

またそれが、
この躰の自由が利かないという症状が、
現実的に何を意味するのかに思い至るとともに、
ひしひしと『恐怖』を感じたのだと思って。

原作よりも、このシーンに対しての描写が細かく、長いんですよ。

それがかをりの、自らに迫る病気の重さに慄く様を克明に感じさせて。

横顔で汗をかいて、呼吸を乱すこのシーン。

四月は56
画面がぶれる演出
(何という技法かは知りませんが、心理描写として時々見ますね)
がされていて、
かをりのこころが恐怖や不安、焦り、
そして迫りくるゼツボウに彩られて、揺れているのが
もう、視ていてありありと感じられて、

ショッキングなシーンでした。

かをちゃん……|ω;`)ウリュリュ。。

このシーンの重さに当てられて、

というか原作を読んでいて、今回このシーンくるのだな、と
分かっていたのですが、
それでも、辛いシーンでした。

その所為で、今回はこのシーンを中心に書かざるを得ないというか、
サブタイトルの「うそつき」の部分を
回収する感想を書く気が起きない程に、

じゅーしー自身もかをちゃんを見ていて不安になる。

この心寒さを、書くことで少しでも和らげないと、
まだ1ヶ月以上放送があるのに、
こころが哀しみに染まりそうで、

へこたれないで君嘘を最後まで見届けるために
この行動が必要なのだと、自分は思うのであります。

(創作物に身を入れ過ぎなモノ言いではありますが(苦笑))

いや、自分がそこまで「君嘘」に肩入れしている根拠は、
じゅーしー自身ではよく分かっているんですよ。

だからこそ、この作品がその象徴に対するどういう決着を見せるのかに、
とてもとても気になってしまうんです。

世界が彩付いた主人公に、何を見せて創作とするのか。

これは拙作が擁するテーマの一つでもあればこそ。

ともあれ、椿の涙よりも、より一層シビアである分、痛いです。
悼んでしまいます。(気が早い)

というか、2話連続でヒロイン2人とも泣かせるとは!
けしからん……!!

というか、
叫びながら自分の動かない肢を両手で叩き、
悲痛に哭くかをりの心のゼツボウを思うと、

君嘘には先日も感動で泣かされましたが、
今度はそれとは違う意味で、涙してしまいそうな、

辛さで痛み、じんわりくるような、
そういう心に刺さるシーンだったんですよね。
今回のラストは。

これで凪のコミカルさで頬が緩んだのも持っていかれましたし(汗

ともあれ、かをりの病気がどうなるのかは、
この不安は、
具体的には原作のラストを読むか、
このアニメをラストまで視聴して頂いて確認する、
ということでしか、帰結しないのだというのは確実で。

もう少し心をおちつけて、
まずは今週末の、
原作最終話が載る月刊マガジンを
手に取ってみますね、じゅーしーもそわ(・ω・*)(*・ω・)そわ

それとは別にですね、
かをりだけでなく、椿も辛い時期にあるような
作品の雰囲気なのですが、
そこで小悪魔で公生たちをかき乱し、
ギャグ要素も提供する新キャラである
凪を投入するということで、
作品が重いだけになるのを回避するという
これで創作的な効果が出るのだなあ、ということを
今回の話で学ばせても頂きました。

こういうバランスというか、アクセントというかを
取る手段を見い出して、憶えて身に付けておくのも、
自分自身の創作に役立つので、
今回はそれを書き記して、感想のシメとしたと思います。

ではでは、次回の君嘘の感想記事でまた♪

P.S 今回も絵見は美しかった……(ビクンビクンッ

四月は57

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