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「また巡る2月18日。君嘘最終回から2年。『四月は君の嘘』ラヴ考察アゲイン!♪」 


というあれで、とーしろさんです。
また2月18日が巡ってまいりました。
この日が何の日であったのか、
それは『四月は君の嘘』の名でこの記事をご覧になっている愛すべき方々には、
ことさらに語る必要はないでしょう。

今回は、その『君嘘』こと四月は君の嘘の最終回前を飾った、
主人公公生と、我らが最愛のかをりちゃんを思い、

――思いだせていると嬉しいですね。
公生とかをちゃんのカラフルな青春の日々が、
まだあなたの心にのこっていると、大変嬉しいです(*´▽`*)――

2月18日に公生に起こった心模様などを、
少し書きたいと思います。

ではでは、
誰かのために書くことは、思ったよりずっと大切なことだよ。


2月18日。公生の心の変遷と結実。



2月18日。
東日本ピアノコンクール。
同時に、宮園かをりの手術の日。

公生は、かをりのために自らの心を捕える
”大切な人がいなくなる不安と恐怖”に耐え、
己に鞭打ち、必死の想いで恐れに立ち向かい
コンクールの舞台に挑む。

その悲痛さは、武士と絵見が目にした公生の様子からもうかがえる。

この日、彼がこうも必死に足掻いたのは何故だったのか?

かをりとの約束。
彼女を勇気づけるため。
彼女との再演の実現のため。
ここで折れるわけにはいかない思いがあった。
たとえ、公生の心が過去の喪失のフラッシュバックで
ずたずたに痛んでいる現在であったとしても。

その心のひとつには、
かをりのため……
自らの言い訳としての『キミのため』ではなく、
これまで自分を変えてもらってきて、
かをりに本当に感謝を抱くからこそ、彼女とともに足掻こうとした……
彼女の笑顔のため。
があったように思います。

自分の”自らの身の内の辛さ”よりも、
本当に『君のため』。
かをりを想うからこその必死だったのではないか。

けれど、この舞台にあがり、心が砕けそうになる最中に、
公生は気付いたわけです。

自分が支えられ、尻を叩かれ、引っ張りあげられ、変えられた。
そう成長をうながしてくれた、自分を見てくれていた人が、
かをり以外にもいるということに。

みんなが見ていてくれた。
だから自分はここに立てた。

支えられていたことの気付き。

人間は、一人で生きていると思っているうちは、
自分一人の力で立っていると思っているうちは、
支えてくれている人たちへの感謝が出来ないうちは、
まだまだ一人で立っているとはいえないように思います。

感謝すべき、その人のためと思えること。
それが、かをり以外にもいたと公生は気付く。
そして、それに応えたいと思える。

かをりただ一人のためだけでいい……
から離れ、
自分が多くの人達に支えられて立っていることに、
正しく気付き、感謝を抱く。
同時に、感謝の顕れとしてそれに報いようと行動する。

バラードの演奏とともに公生の胸中によぎっていく人達。
公生は、彼ら彼女らに与えられたひとつひとつと、
その人達に感謝を抱く。

それは、公生が自らの苦しみに捉われ、
周囲を灰色に視て何かから逃げ続けていた、
ぐちぐちぐだぐだした幼く未熟な子供から、
一人の自立した人間に成長する、羽化そのもの。

この日の演奏は、
公生の自立。
その気付きの日でもあったと自分は強く思っています。

四月は105


2月18日。かをりを想う……。




公生の心の変化と、その大いなる感謝と万感の意でのピアノ。
かをりはそれを見届けることで、
自らの命の役割を果たしたかのようにこの後逝くわけですが……。

かをりが亡くなったことは哀しい。
彼女の様々な行動や言葉に、
この物語をみているこちらがどれほど心を強く震わされ、
公生同様尻を叩かれ勇気をもらったかを思えば、
哀しくない人などいないでしょう……。

自分は本当に、
今でもかをりが元気に生きていればというifを思い浮かべてしまいます。

それは、あがなえるモノでもないでしょう。
彼女を大切に、好きだと思い、かけがえなく思っていた人たちには、
何もないでしょう。

けれど、思うのですよね。
人はいつかは亡くなる。
それは生まれたら死ぬのと同じ、自然なこと。
それを、いつまでも悲嘆にくれていてはいけないのだと。

この日の手術で、かをりはその後に病気を克服し、
公生と笑い合う未来にはならなかった。
ですが、それにいつまでも悲嘆していては、
かをりがのこりの命を謳歌し、
後悔と未練をのこさないように力の限りに生きた甲斐がない。

かをりは、哀しんでもらうために生きたのでもなく。

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かをりの命は、精一杯に生きた証は、
公生に大切なモノを贈ることになった。

そういう言い方は、いささかヒロイックな美談かもしれない。
実際には自分たちはあれほどカラフルで鮮烈で自由な女の子を視て愛したのだ、
哀しさはのこる。
けれど、極端に片方ではなく、
心の温かくなり、満たされるモノが、
やはりかをりの生きた姿にはあった。
それもまた確かで。

早くに逝った人の心残りを思えば何も言えないのが本当だけれど、
それでも、彼女みたいな人は、
自分が朗らかで温かい、そしてカラフルで素敵な女の子だったと、
そんな風に記憶していたほうが、ずっと嬉しいように思うのですよね。


2月18日。かをりの遺したモノから思う。




2月18日。この日はまた、
かをりと公生。
二人が出逢い、
影響し合い、支え合い、肩を並べようと、
共にワルツを舞おうと望んだ想いが、
確かな意味を持った日でもある。

走り出し、
精一杯生きようとし、
そうして吐かれた嘘。

これは、かをりが勇気を出して走り出し、思い切って飛び込んだ、
そのおかげで生まれたモノだ。

この嘘は、かをりのユメのためでもあり、
元はワガママであったかもしれない。

けれど、それが素晴らしいモノを
導き出すことになる。

かをりの遺したモノ。
その最大のモノは、
モノトーンだった世界がカラフルになったことだ思っています。

それは、止まっていた者を、その人の心を、
かをりが手を引いて
走り出し始めさせてくれたから出来たことだと思う。

実際、自分もアニメ1話のラストで(ピアニカの演奏以上に)
かをりが公生の手をとった瞬間に
これは……!
と心が明るくときめくのを感じて、この作品は絶対最高のモノになる!
と無意識に思っていたものです。

四月は103


彼女が勇気を出して、精一杯の嘘を吐いて、
手をとり引いて走ってくれたからこその、
公生とみんなの心に訪れたカラフル。

かをりはとても素敵なモノをおいていった。
彼女がそうして、
君もいこう
とささやいてくれたことが、
その春の中で輝く美しさが、
自由さが、
笑顔が、
涙が、
音が、
彼女そのものが、
最大の贈り物だった。

それが失われたことは、だから哀しいのは当たり前のことだけれど。
それでも、哀しみだけに捕われるのは……
もう、そのこころから離れよう。
うまく、離れて、おいていこう。
そう思うのだ。

それは、かをりが公生を変えたことのひとつでもあるなら、なおさらに。

だからかをりが、彼女の精一杯の命で遺し、
公生と視聴者読者に与えてくれたモノを大切にしよう。
そうしたいと思います。

公生とかをりにとっての2月18日が、
自分やみなさんにとっての、そんな日になって、
強く、哀しみとうまくお別れが出来るようになれる日になれば。
そういう風に、公生とかをりたちから得た感動で、
変わっていけたらと思います。

以前から思っていましたが、
この日に改めて、
そんなこころを思える切っ掛けをくれたかをりの勇気に
敬意とありったけの感謝を抱きたい。
そういう意味で、
この日は公生の気付きの日であるとともに、
かをりへの感謝の日でもあるのかもしれませんね。


またね。これからも君を忘れない。




今回の君嘘記事もそうですが、
以前の当ブログの君嘘アニメ考察記事の数々で、
自分はかをちゃんの命で果たされた物語的必然うんぬん、
と多く語ってきました。
しかしそれが、
かをりが遺したモノがあるから、その死を無暗に哀しむのはよそう。
と、そう受け取ってしまったらスミマセン。

そういう面は確かにあると思います。

しかし、自分の心にあるのは、
先にも書いていることを改めて言葉を変えて言うと、

『感謝を抱いているような人なら、
その人自身と、その人のスガタが自分の心に遺したモノのためにも、
悲嘆にくれるのはいい加減よそう』

そう思っているということです。

四月は43


哀しみはさようなら。
哀しみをうまくおいて、
輝く彼女のキラメキを胸に、前向きにこれからを進んで行きたい。
そう、うまく出来るように、自分にも向けてこの文章を書いているのでした。

かをちゃん、愛しているよ……!




かがでしたか?
君嘘原作とアニメ最終回2015年から約2年。
劇中カレンダー的には2011年連載開始から1年間で、
2012年の2月18日土曜日以来、
今年は5年目でまた当日が土曜日だったりしますね。
(この辺は『解釈によっては』ですが)
こうして君嘘と公生&かをちゃんを描いた日々が
巡る季節とともに過去のモノになっていても、
彼女たちの鮮やかでカラフルなスガタを、
これからもしっかりと大切に心にとどめていきたいですね。

絶対忘れない。
君嘘好きさんは、みんなそう思っていると知っていますが(〃'∇'〃)ゝエヘヘ

これまで同様今回のこの記事も、
これを読んだどこかの誰かの君嘘好きさんの心に響いて、
君嘘をさらに楽しむ一助になれば幸いです。

ではでは~~~、
君嘘大好き!!!!ヽ(*´∀`)八(´∀`*)ノイエーイ










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「最近思ったんですが、『鉄血』って○○○味ありますね。」 



というあれで、
最新ガンダムTVシリーズ、『鉄血』ですが、
先に断わっておくと、じゅーしーは1期途中から視ておりません。
筋肉くんのブラザーが悲劇の予感で、
以後この作品のうつな気配を察して視ておりません。
豆腐メンタルなのです(;^ω^)

まあ、そんなわけですが、しかし、
Twitterで毎週、最新話の実況や関連ツイが流れてきて、
内容は大体ですが知っていたりします。

そこから得た所見を、今回はまとめたいと思います。
これも、自分の過去ツイからです。
では、以下。










とまあ、そんなことを考えました。
幕末好きも意外な関連付けになるものですね(汗

ちなみに、




そんなわけで、鉄血に関する考察でした。
自分は鉄血は、
話が進むほどに敵側のMSがどんどんカッコよさを増していっていて、
ガンプラは手を出そうかな~、と思ってきております。
特に、レギンレイズジュリアのカッコよさは……!( `ω´)ง✧

ともあれ、素人でありやや門外漢の考え方ではありますが、
これが鉄血を愛する誰かに楽しんでもらえれば幸いです。

ではでは~。


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「最近思ったんですが、エヴァって実は〇○○な物語だった……!?」 



というあれで、新世紀エヴァンゲリオン。

自分は90年代にTV版と
2000年代に新劇場版を2作ほど視たくらいなのですが、
そこからこの間気付いたことをまとめています。

今回は自分のツイッタでのつぶやきを拾ってみました。
まず、こちらのツイ。
botですが、たまたま加持さんのこのセリフを見ました。




それを受けて、ふと考えたのですが……。










と思ったのです。
これが実際のところどうかは、まあ大作ですので様々な考え方があると思われます。




そんなカンジですね。

自分としては、
この考え方を堅持するつもりもないので、
実際どうなんでしょうね?
マンガの方のラストでそこのところのアンサーは出ているんでしょうかね、
という塩梅です。

しかし、もしエヴァが壮大な、未熟で弱い少年の自立まで
(より正確には、自立した人間になるために必要な補完が成されるまで)
を描くとしたら、
世界の終焉を迎えても人は生きていかなければならない、
世界の質量は個人の世界に匹敵するから、
もっと自分に自信を持って胸を張ってがんばっていけよ!
みたいなメッセージを案外持っているのかもしれませんです。
……いや、ちょっと考えすぎですかね(´∀`*)ウフフ

ともあれ、この記事の考え方が、
「エヴァって訳わからん。結局なにが言いたいの?」
という方の何かの参考になれば幸いです。

ではでは~。



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