FC2ブログ
12 // 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31. // 02

「『やがて君になる』 アニメを視聴しての感想・考察などまとめ」 


やがて君になる
月刊コミック電撃大王連載の
仲谷 鳰(なかたに にお)先生の漫画作品。
内容は、恋愛モノですが、女の子同士のいわゆる百合モノです。

この作品が昨年アニメ化し、秋アニメとして放送。
それを、当初はチェックしていなかったのですが、
11月過ぎから視始めて、全話を視聴しました。

これが、中々(いや、実際かなり)良い印象で、
恋することや悩み、葛藤などの心情が繊細に描かれていて、
その感情の動きを見るのが楽しい作品でした。
恋愛モノは一筋縄ではいかないのが面白味、
というのは定説ですが、それを分かっていても
このぐるぐるぶんぶんジェットコースターのように
視聴者を振り回す主人公たちに
「面白い作品」と思わされました。

そこから、この作品の各要素などについて思ったことを
Twitterに自分がポストしていたモノを、
放送も済み少し落ち着いたのでここでまとめておきます。

やが君を楽しまれた方々に、こういう解釈もあるのか、
と感じてもらえて作品をより楽しむ一助になれば幸いです。

では、ちんあなGOー!


視始めて最初に思ったこと。




音泉ラジオを日常的に聴いているとーしろさん。
ラジオでゆっきーぶっきーで楽しそうだったアニメを試しにと
やがて君になる 1、2話視聴。

1、2話を見て感じたのは、
何故、侑は特別を感じられないのか?
ということでした。
それについては……

思うに侑が特別を感じられないのは、
幸せすぎて幸せが解らない、みたいなメンタルではないかな。
と思いました。
それはどういうことかというと、
彼女、友人いるし仕事出来るし、
部活に選択肢があるくらい色々出来るし、
物にも困ってない(部屋のアイテム類の描写)、
異性から告白されるくらい容姿可、性格可。

満たされすぎて、それに溺れてるというか、
飢えがないから自分にとって
何が価値あるモノ=特別
かが解らないんじゃないかと。
飢えてなくてむしろ飽食だから、
人が価値を見い出す美味いモノ食べてもこんなもんか~、
みたいな感性……

なのかもしれない、ということ。

加えて放っておいても自然に与えられることが
自ら渇望する必要なさを作るという厄介さも侑にあるように思える。

各々にとっての特別、価値あるモノって、
その人が幸せに繋がると解釈するモノだと思う。
侑はだから現状幸せ過ぎて
自分を幸せにする可能性のある恋にも渇望がないのかも
(愛情に飢えている人ほど恋愛したがるそうだし)

そこから更に考えて、
2話までを視聴した時点の自分の考え方としては、
そんな侑が特別な感情を持てるかは何かの飢えを感じて
(失われる価値稀少性や手が届かなくなる事からくる切望とか)
何かや誰かを渇望するようになるかじゃないか?
と思わされました。

まあ、実際はどんなドラマが広がっていくか、
見てみて確かめないと分からない。
なので、今後も楽しみに視聴させてもらいます~♪

と、そうつぶやいていた訳です。


恋愛モノ。二人の物語。




やが君は恋愛モノなので、
主人公とお相手がいて成立し、進行していきます
(むっちゃ当たり前なことを言っていますが)
その点で、
自分は侑のキャラクターのみがやたら気になった初見でしたが、
視聴を進めて行くに従って、侑と燈子、
二人の性格とその抱える問題がはっきりしいてきました。

そのまとめとして思ったのが、

恋愛モノらしく過程が一筋縄には。
侑は好きになりかけているのにセーブして関係を繋ぎ留めて、
先輩はまあ縛られてる人で
縛ってしまうことでしか特別な個との関係を結べない。
そんな二人の関係がその心情を観てると
ジェットコースターのように揺さぶられる。
この作品、面白い――。



ちなみに、仲谷先生に関するWiki を覗くと、
この方の漫画における特徴として、
好みのカップリングは
「面倒くさい子」と「それを助ける子」
と書かれています。
ストライクで燈子と侑がそういうカップルであるということで、
特徴的な性格と問題も、それに絡めて作られていることが分かります。

6話くらい(河川敷での遣り取りの回)
までの視聴でこの作品を自分なりにまとめたのが、

姉のような特別な君にやがてなることを望んだ持っていなかった燈子。
彼女が自分の弱さを認められたら……
侑はもう好きになっている気持ちでその殻を破ろうとするのか。
あなたはもう特別な人間だから、と。
百合で描くからこその大切なことも描かれるのかとか思う。
楽しめる作品。

とポストしています。
二人の心模様と関係のドラマに惹き込まれていますね。


百合というジャンルについて。




百合作品。
菅野マナミ先生の『ひまわりさん』に親しんでいて、
ある程度百合への馴染みのある自分ですが、
しかし格段、百合というモノを愛好しているというのでもなく、
百合への造詣も、意味の深い理解もないのですよね。

まあ、格段に「これはよいモノだ」と断言できなくても、
人物のドラマとして好きになった作品が
それが百合でも許容できる……
とまあそれくらいの温度な自分です。

そんな自分がやが君という百合作品を見て、
少し百合について考えだしました。

叶さんの脚本、どことなくドグラ·マグラを思い出す。
いや、昔に上巻を途中まで読んだだけで詳しくは知りませんが。
しかし、冒頭の寝て見る夢の話がCパートで繋がるとは……
ほのぼの回かと思ったらラストで怖くさせてきた。
なんというか、侑と燈子って奇異同士だからこそ惹かれたんかなあ。
それがやがて君になるが百合の所以なのかにゃ……。

小糸侑を見て思う。幸せも過剰になると人を歪ませるんやな……と。
そういう意味じゃあ、
極端同士の普通じゃない二人を据えたやがて君になるという恋愛モノが、
普遍性から距離をおいた百合というジャンルなのは正鵠を射ているかも。
内容の創作的描写でも思うけれど、この作者さんは信用度高い人かも。

普通とは少し違う恋をする女の子の、その心理の理由……
そういうのに少し考えが及び、
自分なりに解釈したのでした。
社会に溢れる普遍的なモノに価値を普通に見いだせれば、
皆と同じ普通の男女の恋愛もできるのが自然というか……、
侑も燈子もやや奇異なメンタルをしている、
そのどこか歪な感性が、
同形に近似した心の人間に価値、
好きになるという特別を抱かせた……。
それが、たまたま同性だったというだけの話が、
百合のひとつの実情なのかな、と。

まあシンプルに、
メンタル的にどうしようもないアホの多い
(自分も含めて)男よりも、
女の子が純然と好きで恋をするのが同性という
女性もいるのでしょうけれど……
まあ、そこは繊細で複雑で各々の欲望な心模様ですね。


この百合恋の行方は……?




うーむ、恋愛モノである以上、
その恋が成就するのかどうかというのは
最大の焦点であり決着点ですよね。
それで、少し思ったポスト。

#やが君 12話視聴
燈子の弱さや強がりを知って好きになった侑って、
かなり母性的な優しい子
(表面的にはクールさもある子ですが)。
それで縛られている燈子を変えたいと思うのはいいんですが、
弱さを認めたとして果たして
その危うさのなくなった燈子を
侑は好きなままでいられるのか。
ここまで燈子を特別と感じるように変化した侑が、
それで彼女にとっての特別は変わらないのか?

そう考えて思ったのですが、
どうも、恋愛モノはハッピーを好む癖があったが、
一旦失恋というケースを想起すると見えるモノがある。

侑って、自分の想定として
幸せすぎて特別が分からないのもあったかもですが、
それよりも、終わる恋、
哀しい恋があることを認めたくなかったのではないか?
彼女がアニメ3話で思っていた
見切りをつけ受け止めるべき可能性は、
本の中の幸せな恋ばかりではないという現実なのではないか。

燈子、同性を好きになることは、
多くの場合幸せな恋とはいかないと侑は想定し、
彼女を好きになっていくことで自らの身の上の失恋を予感した……。

特別を感じなかったのはむしろ、
無意識に哀しい恋を回避し、
その現実を踏まえて人を好きになることを恐れる心があったから、
なのかもしれないにゃ……。

まあ、あくまで想像です。実際どうなるかは分からない。
こういう想像が出来る自分的に良作なのは間違いないです。

実際、この恋の結末はどうなるのか。
その前に、侑と燈子の抱える問題の解決ですが、
しかし、侑に関しては、特別を感じられないことについて、
変化はアニメ全13話を通して訪れていますよね。
最終話は、まさに変わった心で踏み出した侑が描かれています。

#やがて君になる 最終話まで視聴。
ラストの電車でのシーンに結実する全編通しての
電車ニキ(電車アニキ)の良い仕事っぷり。
始まりの到来であり、過去の去来であり、
変わっていく先の予兆を電車が『運ぶモノ』として象徴し、
綺麗に演出されていました。
水ニキは出口へ。
さあ、第二幕は星ニキの番だ。二期期待!

幸せに溺れて自らの価値、幸せを見い出せなかった侑は、
その水中の出口に達しました。
そういう意味で水ニキは役目を終えたという描写に思えたんですよね。

そして、燈子⇒星
これは、1話サブタイトルからして届くかな……?
と思う。
うーん、もしそうじゃなくても、
二人の関係が何を育むのか、見守りたいなこの作品。
と思っています。

うーむ、1話目に作品の全てが集約されている物語と、
1話のリバース的な回答を物語としてまとめるタイプが大まかにあるからなあ、
見届けてみないと実際はなんとも言えないんですよね……
生まれた日である程度宿命や定めが決まっているけれど、
その結末や成果は過程の決断と行動によって変化する人間と一緒やな……。

そんな『人間』の描かれている良質な作品だっと自分は思います。
今後は原作もチェックしたいですね。
そして、一期のようなクオリティで、アニメ二期に期待!



みなさんも、
この『やがて君になる』という漫画作品、
人間の恋する心情を描いた作品としてとても良質なので、
百合に抵抗があまりなければ、
是非触れてみて欲しいです。

私、こういう百合、好きになりそう……
ということになったら、
さてさて、それもひとつの幸せのカタチ。

自分としても、
侑と燈子が少しでも幸せな結末を迎えますように……
と人類の願いを祈ります。

そして重ねてになりますが……二期来いよ!(ง `ω´)ง✧
と願わずにはいられません。

ではでは今回はここらで~。

ps.なんでも今年5月にやが君の舞台化が決定したようです。
おめでとうございます~♪
拡がるやが君。
これが追い風となって、
作品が良い方向に行くと良いです。
仲谷先生、お忙しくなると思われますが、
がんばってください。陰ながら応援しております~(*´▽`*)




スポンサーサイト



このエントリーをはてなブックマークに追加

テーマ: アニメ・感想

ジャンル: アニメ・コミック

[edit]

「ガンダムユニコーン、超遅ればせながら視聴完走~の感想!」 


というあれで、
機動戦士ガンダムユニコーン RE:0096
を今頃になって視聴しました。
いや、テレビ版でさえ2016年放送だというのに、
ほんとうそれでガンダムファンというとんちきっぷりです(汗
しかし、どうも敬遠していたのですが、
実際意を決して視てみるとぐいぐい視れて面白く、
大変楽しめて充実した視聴でした。
なので、その感想を少し書きたいと思います。


平和と相互理解の希求としてのガンダムという物語。



戦争と平和、相互理解という理想。
宇宙に適応して人同士が分かり合える=相互理解が出来るようになる新人類の出現、
そこから為す平和。

アインシュタインの言葉にも、
『暴力によって平和を実現することはできません。
平和は相互理解によってのみ実現できるのです』
という言葉があるように、
ガンダムはそれを出来るようになる人類の進歩と可能性を、
自己の利益のために他者を傷つける戦争を繰り返すことの愚と、
そうした人類の愚かさも踏まえて描いていると自分は愚孝しております。

本作ユニコーンは、
その理想を追及するうえで突きあたる現実的困難に対して、
現実と折り合いをつけるために見切る大人と、
それでもと手を伸ばし続け
理想というより良き可能性を求める人間の
意思と策謀の衝突であったともいえる作品に思えました。

フロンタルはニュータイプ(以下NT)の意識の広がりの先に
色即是空の悟りに至ってしまったシャアということかと読み取れました。

色即是空は、すべてはいずれ失われるからむなしい、という理解で
そういう風にNTと人類の限界、無意味さを感じた彼は
理想よりも現実的に現状のスペースノイドの待遇改善の体現者になったわけだ。

しかし、現実を採る大人のフロンタルと
むなしさよりも生きているうえでのより良い善という理想を選ぶ子供たち
バナージとミネバでは、
サイアムは人類の進歩、願いのために箱を後者に託した。
その気持ちも分かります。

思うに、
自分の代だけで全てを好転出来るほど人は万能じゃない。
フロンタルおよびシャアは有能な故に性急に自分の代で済ませようというスタンスだった
(いや、1年戦争以降の変遷や責任もあっただろうし、
公国崩壊後宇宙民とNTについてのんびりもしていられなかった事情もある)

サイアムは時代の寵児や指導者、革命家としての一個の能力よりも、
自分たちの代までで培った全てを子に託し、
それが連綿と続いていく中でゆるやかに
少しずつより良くなっていくのが命と希望の連なりと考え、
それに価値を見い出し子供達の方に
箱とそれが解放された未来を託したとも言える。

今の代で平和や相互理解が出来なくても、
見切りをつけずに少しずつより良くなっていくように、
世界と次代の担い手達に希望を託して。

――全ては子に託せ。そこに新たな道が拓けよう。失われた命が報われる日もこよう。

と中平正彦先生の作品で豪鬼が口にしていたのがリフレインします。

たとえそれがいずれは失われるモノであるとしても、
生きて明日を営んでいく子らがより良くあるために。

アニメ機動戦士ガンダムという存在も箱のようなモノ。
戦争と人間の愚かさと相互理解の理想と希望を、
シリーズのバトンを継ぐことで次の世代に繋いでいくことに意味があると思う。
悪い意味じゃなくて自然な話、富野さんもいつかは逝くんだから。
宇宙世紀を富野さん以外の他の人が描いたのもそういう願いを感じます。
そう思わされた可能性に満ちたガンダム作品だった。

まあ、ラストからして箱が開かれてまた悶着あるでしょうが……
それも少しずつより良くしていければ、という過程なのだと思う。
そこに、ガンダムに乗り彼らなりに戦う少年がいて、
その姿に視聴者は少しずつ光になるモノを受けて意思と行動を変えていく。
それが、どこかの誰かのより良い明日に少しでも変わっていければ、
数多の光が集った虹の彼方に、
分かり合えた理想を手にした人類がいるかもしれない。
その道を、少しずつ皆で歩いているのだ。

そんな本作ユニコーン、面白かった。
良質のアニメ作品、だがこれはいちフィクション、
今は神話でもない。
しかし、人の希望と可能性を描いた確かな連綿たる時代の一時。
つまりは、そういうことなのさ。
と、そんな風にまとめたいと思います。


ps.モビルスーツではラスト付近のネェルアーガマと袖付きの戦闘で、
ネェルアーガマ上で二機に挟まれながらスパイクシールドで格闘していた
ジオン系の青っぽいヤツが輝いて見えました( •̀∀•́ ) ✧
あと、ジンネマンはいかついが本作の癒し。
彼がいることでどれだけの人が救われたか……。

さて、今年はガンダム40周年。
今回の視聴で調子出たので、次はジオリジンを見て行くかな~。




このエントリーをはてなブックマークに追加

テーマ: アニメ

ジャンル: アニメ・コミック

[edit]

「今年もよろしくお願い致します~^^新年のごあいさつ~!」 


みなさま、あけましておめでとうございます。

1日元旦をすぎ、2日となりましたが
新年のごあいさつを申しあげます。

今年もみなさま、どうぞよろしくお願い申しあげます<(_ _)>

年始はみなさま、どうすごされましたか?
自分は年明けから年賀状イラストを各所にアップしたり、
今年の目標や
タイピング文章の書き始め
(活動記録の新規ファイルを作成して書き始める)
などの書きモノをしておりました。

そんな目標を、
今年も年賀状イラストに年始の言葉として書き添えてみました。

そんなわけで、今年の年賀状イラストも
当ブログにアップしておきます。

illust 181210_190101_Pixivブログ


今年は連載再開して嬉しかったワールドトリガーの
イラストにしました。
亥の年に玉狛第2チームで遠征が決定するような、
そんな作品の盛り上がりを期待して描いてみました。

(野暮なことをいうと、月間ペースでランク戦は年内に
そこまで進むかは……)

ともあれ、イラストを見て楽しんでいただけたら幸いです。
今年の言葉に関しては、まあそのままですね。
多くは語らず、実行して行きたいと思います。

ちなみに、こちらPixivに投稿したこのイラストです。
文字なしのイラストのみver.もあるので、
良かったら覗いてみてくださいまし~(´∀`*)ウフフ
Pixiv⇒https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=72427045

ブログ記事の数としては、
今年は……昨年よりは書けるといいのですが(おい)
あと、読書感想のアウトプットをまたやりたいと思っております。
それを当ブログに書くかはちょっとまだ分かりませんが。
読む量については、
今年も週1冊くらいのペースで行こうと思います。
そして、今年も小説の新作を書いて行こう。これは必須。
がんばらねば。
よし、今年も油断せず書いて行こう。やるぞ~ヽ(´∀`)9 ビシ!! イェイ!!

では、改めて、
今年もどうぞよろしくお願い致します~♪ヽ(*´∀`)八(´∀`*)ノイエーイ


このエントリーをはてなブックマークに追加

テーマ: 新年のご挨拶

ジャンル: 日記

[edit]