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「誰かの為に弾く。そうして届けたい事。『四月は君の嘘』17話視聴感想」 


突然ですが、今回に限らずですが、
本作品を視ていて(読んでいて)
君嘘のサブタイトルは
意味の回収が実は深くて面白い、と
じゅーしーは前々から思っていたのですよ。

その中でも今回は、少々嵌りすぎというか、
巧くつけられているというか、

そこに焦点を置いてまず書いてみると、
公生と凪が公園のブランコで語り合った
夕暮過ぎの時間帯。
それが『トワイライト』に当たるのですが、

その他にも、この語句は
スラングで「便所」という意味もある
("toilet"に発音が似ているため)
そうなんですね。

まさしく
凪がエスケープしたあのシーンを指しているんですね。

ただ言及すると、
原作では後者のシーンがある話数のサブタイトルは
「深淵をのぞく者」
で、前者の原作話数で「トワイライト」の
サブタイが使われていた。

このことから、エピソードをアニメ尺でまとめて
あらためてサブタイトルを付けたアニメ版が、
うまく嵌ったというカタチですね。

また「トワイライト」の別の意味に、

たそがれ。終末期。

というのもあるようで、
これはかをりちゃんの病状の深刻さとかぶせてある
という事なんですかね。

前回のラストのセリフの深刻さの続きで、
かをりは自身の躰がかなり良くない事を
告白しているのと合わさるように。

うーむ、サブタイトルひとつとっても
よく考えられているんですよね。
当たり前といえば、当たり前なのですが、
今回は複合的な意味が巧く作られていたので、
ついついその事をまず語ってしまいました。

こういうタイトルの付け方のテクニックもあるんだなあ、
とじゅーしーはまた君嘘から学ぶのでした。いえーっ

かをりとのああいう会話を経て、
ふさぎこんでいる公生を椿は心配しているのですが、

この思春期の女子らしい、(椿個人の性格もありますが)
自分の本音に素直になれない処と、
ライバルの女の子(かをり)に対する
ほのかな疎ましいという気持ちと、
友人にそんな感情を抱く自分への罪悪感と。

それを精一杯の見栄で隠そうとするいじましさ。

椿は女の子なんだな。

と、その等身大な恋をしているスガタに
公生じゃないですが言いたくなります。

想い人がいるということですな。

前回の君嘘感想記事でも書きましたが、
“誰かを想う心情がピックアップされていたように受け取れる”
とうのが、この椿のシーンと、
そして凪の心情を通して描かれているんですよね。

それにしても、凪可愛いですね~(´∀`*)ウフフ

四月は62

走って公生と追いかけてきて、そしらぬふりをしたり、
公生を連発でしかりつけたり、
「オーボエをきゃなでるよ」(きゃのアクセント!)とか、
公生に心配したことをお礼を言われて焦ったり

とかとか、さすがくる中の天使!

しかし、このシーンの凪もですが、
君嘘の登場人物は、ほとんどのキャラが
自分の気持ちを踏み込んで言えないんですよね。

その葛藤や悩みが、青春モノとしての魅力なのかな、
とも思ったり。

青春モノとは一体……うごごごごごっ
(青春モノの小説が途中になっている人)

ところで、珍しく君嘘の人様の感想に目を通していたのですが、
海外の反応というので、

公生が渡にかをりの病状が深刻なことを告げたシーンで、
「ベストフレンドだよ渡は!」
という意見の他に、

「渡は死の迫っている女の子の彼氏でいる負い目を感じたくないから、
公生にかをりを押し付けようという下心で彼に優しく声を掛けた」

みたいなのがあって、

これはいささか心無い、というか、
これには確かな反論が出来て、
原作最終話での渡の様子を見れば、
彼がそんな下種な男ではないことが知れます。

みなさん、ダークサイドに惑わされずに(笑)
渡はナイスなハンサムガイですよよよっ

そんな渡の言葉に背中を押されて、
かをりの病室を訪れる公生。

けれどかをりは
公生が深刻にならないような気遣いでしょうか、
軽い調子で何とも寂しいことを言ってのけます。

あれだけ自分の演奏や、自分がこころに残った出来事を、
しっかり記憶にとどめて、
「忘れない」
と言い切っていた彼女が、

「忘れちゃえばいいんだよ」

と公生に告げる。

これまでかをりの方が公生に
「君は忘れられるの?」

と問うてきたのに。

なのにこんなセリフがかをりの口から出るのを、
公生も
「何で君がそんなことを言うの?」
という気持ちで聴いているわけですよ。

でもこのかをりの心情は、
諦念なんだと思います。

自身の躰の実感と、
先のエピソードで医師に告げられた事。

それがかをりの心にそんな気持ちをはびこらせた。

「自分はもう長くないから、
後腐れなく忘れてしまって」
みたいに。

公生の言うとおりに、これは無責任ではある。
いじけてもいるでしょう。

病気の身の当人にしか分からない失意もあるのでしょうが、
かをりはこの時点では、
自分のことを悲観して、投げ出しているのもまた、確かで。

公生がかをりから受けた心の影響を考えれば、
彼の怒りも当然だったでしょう。

いや、むしろよく怒ってくれた。

一緒になって病気の身を嘆き、失意に昏く沈むなんて
そんな青春は君嘘には似合わない。

それじゃあ、序盤からのカラフルの意味がない。

それを読者と視聴者に与えたことの意味がない。

ふざけるな、である(プンスコ

ごほん。
ともあれ、
そんなかをりに対して思うところがあるからこそ、
公生は彼女に何かしたい、と考える。

それが凪と学祭の舞台で演奏すること。
しかも「連弾」であったこの意味。

共にシンフォニーを奏でる様を見せ、聴かせることで、
かをりの心に届けたいモノがある、
という事なのでしょう。きっと。

かをりには、自分がいる。
だから心を強く、
諦観を振り切って、
自分の身を嘆くだけのそんな終わり方を否定して、
もう一度自分と同じ舞台にかをりが立ってくれるような。

そんな気持ちをかをりに奮い立たせるために。

それが公生が凪に頼み込んで、
その演奏で届けたい想いだったんだと、
そう感じざるを得ません。

公生の想いと比例して描かれる、
凪の演奏の舞台へのプレッシャー。

これを乗り切ることが、演奏家として
避けては通れない道であると共に、
彼女という演奏家にとっての
「必要なモノ」になればよいです。

というわけで学園祭当日。

椿たちも公生の演奏を観に来ているのですが、
中でも特に注目したいのが、
妹の晴れの舞台という事で客席にいる武士です。

この武士の隣にいるメガネの可愛い娘!

四月は63

なんと公式Twitterでは以下とあります。



以前、2,3か月前くらいの感想で、
原作単行本で先に見ていたじゅーしーは
彼女について触れているのですが、
全然違う役どころの女性でしたね。

確か最初は「これ絵見?」
といって、次は「お母さんか親類かな?」

と書いています。
しかし制服着ているのをみると
だいぶピントのずれたことを言ってしまっていたようです(汗

でもこの彼女と座っている武士がですね、
彼女との会話で
なんかぶっきらぼうというか、クール気どっているというか、
気位高そうな受け答えをしていて、

おまえ、好きな子の前でそんなかよ!
と微笑ましくなるのでした( ´艸`)

公生と凪(凪と公生の方が正しいかな)の
出番が迫ってきて、
緊張している凪に公生が声を掛けてるんですが、

これ、凪惚れてまうやろ、おい(笑)
膝入れていますが。

四月は65

という感じでいよいよ共演の開幕です。

醜いオペラ座の怪人は、果たしてどんなワルツを踊るのか。

以下次回です~~~♪

楽しみ!


ではでは、また君嘘の感想で!



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テーマ: 四月は君の嘘

ジャンル: アニメ・コミック

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